ところで、歯を長保ちさせるには、まめに歯を磨かなければならないと思っている人が少なくないようです。歯が抜ける原因は虫歯と歯周病なのだから、これを予防すれば歯は抜けない、だから歯を磨けばいい、というわけです。しかし、これは大きな誤解です。虫歯も歯周病も、歯磨きだけでは防げません。
たとえば虫歯なら、三度の食事のたびに歯を磨いている人でも、虫歯になるケースはあります。逆に、まともに歯を磨いていないのに、虫歯にならない人もいる。世界には歯を磨く習慣のない国・地域が今でもありますが、そこで暮らしている人が虫歯だらけかというと、そんなこともありません。
一般に、虫歯の原因はミュータンス菌だと言われます。ミュータンス菌は口の中にある糖を栄養にしていて、酸を放出する。その酸が虫歯を作る……。それが現在言われている虫歯のメカニズムです。もちろんこれは事実ですが、しかし問題は「なぜ特定の歯だけが虫歯になるのか」ということです。
原因が虫歯菌という「細菌」だけなら、すべての歯が同時に虫歯になるはずです。口の中には唾液があり、それを介してミュータンス菌は口の中に全体に拡がる筈だし、虫歯に直接触れている歯もあります。
たとえば下の奥歯が虫歯になったら、そこと対合している上の奥歯にもミュータンス菌が付着します。同様に、虫歯と隣り合っている歯にもミュータンス菌が付着する。そうやってミュータンス菌はどんどん広がっていき、最終的にすべての歯が虫歯になるはずです。それが細菌学の常識というものでしょう。
しかし、たいていの場合、虫歯には一本ずつなっていくもので、対合する歯、あるいは隣り合っている歯が虫歯にならないケースは、数えきれないほどあります。
これはつまり、虫歯の原因はミュータンス菌だけではない、ということです。ミュータンス菌が特定の歯だけに繁殖する理由。それを突き止めなければ、虫歯の予防はできないわけです。
「人間はなぜ虫歯になるのか」
この命題に対する答えは、実はまだ存在しません。近代歯学には約一〇〇年の歴史がありますが、虫歯の原因を特定するには至っていないのです。
私は、虫歯の原因はストレスの集中にあると考えています。
象牙質が壊れると、歯の中に空洞ができます。空洞がある歯がほかよりも弱いのは当然で、そこにミュータンス菌が繁殖し、齲食ができる。それが私の考える「虫歯のメカニズム」です。
同じように、歯周病の原因もまたストレスの集中だと考えられます。
歯周病菌は、歯にたまった歯垢を栄養にして繁殖します。ですから、歯垢がまったくない状態を保っていれば、歯周病にならないと考えることもできます。歯磨きが歯周病予防になるというのは、その延長線上にある考えでしょう。
しかし、歯周病の原因が「菌」だけなら、特定のポイントだけが歯周病になる理由を説明できません。虫歯と同様、問題はなぜそこだけに歯周病菌が繁殖するのか、ということです。
先ほど述べたとおり、ストレスが集中した歯は内部から崩壊していきますが、同時に、そのストレスは歯周組織にも及び、免疫力をはじめストレスに対する抵抗力を弱め、いわゆる歯と歯茎のすき間(歯周ポケット)の形成を助長します。
すきまの部分は、他よりも弱い状態になります。歯垢がたまりやすくもなります。つまり、歯周病菌が繁殖しやすい状態になる。特定にポイントだけに歯周病が起こるのはそのためだと思われます。したがって、歯周病を防ぐには、ストレスの集中が起こらないようにする必要があります。
もちろん、虫歯や歯周病の原因は、ストレスの集中だけではありません。たとえば、食生活に偏りがあったり、日常的に強い心理的なストレスを受けていたりすると、全身の状態が悪くなります。
全身状態が悪くなれば、おのずと歯の状態も悪くなり、それは虫歯や歯周病につながります。その場合の予防法は、バランスのよい食生活をすることであり、心理的なストレスを取り除くことです。糖尿病などの全身疾患が歯周病を引き起こすケースでは、主たる予防は生活習慣の改善になります。
歯を抜かざるを得なくなったとき、歯科医は何かしらの病名を告げるはずです。たとえば「虫歯の末期です」とか「歯周病の末期です」などと言う。それを聞いたとき、「しっかり予防をしておけばよかった」とか「もっと早く治療を受けていればよかった」と、自分を責める人が少なくないようです。
しかし、人が健康に生きていくためには、ものを噛み、食べなければなりません。そうである以上、歯は必ず弱くなっていき、最終的には抜かざるを得なくなります。予防や治療に励んでも、このことには抗えません。つまり歯が失われていくのは誰のせいでもなく、自然の流れだからなのです。
林裕之