「8020(ハチマルニイマル)運動」の矛盾点

厚生労働省と歯科医師会が取り組んでいるのが「8020運動」です。「80」歳になっても「20」本の歯を残すために努力をしましょうと、国と歯科医師会が一緒になって国民に呼びかけているわけです。この努力とは、もちろん効果があまり期待されない、虫歯や歯周病の予防をしようということに他ならないのですが。

もちろん、20本の歯が残ってもきちんと噛めるかどうかは未知数です。たとえば上の歯が20本あって、下の歯がゼロなら、食事はできません。したがって、前歯と奥歯が、下顎と上顎にバランスよく20本残るように努力しよう、というのが8020運動の趣旨でしょう。しかしこの運動には、いくつかの矛盾が含まれています。

兵庫県歯科医師会と兵庫県保険連合会が、70歳以上のお年寄り26,538人を対象に、「8020運動と医療費の関係」を調べたことがあります。その調査でわかったのは、自前の歯が20本以上ある人は、そうでない人に比べて医療費が3割ほど安かった、ということでした(2003年4月1日「日本歯科新聞」)。

これはこれで興味深いデータですが、根本的な誤りが一つあります。それは、調査報告書の中で、自前の歯が20本以上ある人を「達成者」と呼び、そうでない人を「非達成者」と呼んでいることです。「非達成者」という呼称には、言うまでもなく否定的なニュアンスがあります。

この調査報告を目にした「非達成者」はどう思われるのでしょうか。患者さんの心理的負担をなくすのが医師として最低限の務めなのに、その逆のことをしているわけです。

それに最大の矛盾点は、結果的に入れ歯への偏見を助長していることです。自前の歯を残そうと呼びかけるのは、入れ歯を使わないようにしようと言っているのと同じです。自前の歯がすでに20本以下になっている人にとっては、困惑するほかありません。

歯科医師会は、国民に「80歳まで20本の歯を残そう」と呼びかけるより先に、歯科医や技工士に「使える入れ歯を提供しましょう」と呼びかけるべきです。

自前の歯を残そうと呼びかけるのは、事実上の敗北宣言ではないでしょうか。歯科医師会は、「私たちは使える入れ歯は作れません」と言っているに等しい。

そもそも、20本という数字からしておかしいと思います。なぜなら人間には、28本の歯があるからです。(親不知が全て生えると32本です。)したがって、歯を残そうと呼びかけるなら、「8028運動」であるべきです。日常の努力によって20本の歯をバランスよく残せるのなら、28本の歯も残せるはずです。

さらに言えば、80歳で20本の歯を残したからといって、健康寿命が延びるとは限りません。大切なのは、きちんとした咀嚼運動ができるかどうか、です。たとえ1本も歯がなくても、入れ歯できちんと噛めるのなら、健康を保てるのです。

ともあれ、歯科医師会がなすべきなのは、入れ歯とは呼べない不良品が氾濫している原因をハッキリさせ、使える入れ歯を患者さんに提供することだと私は思います。歯を失ってしまっても、正しい入れ歯でよく噛め、全身の健康を維持できる「何歳でも28本運動」こそが歯科界の使命のはずです。

林裕之


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