週刊文春(4/21号)の巻末に「全国から集められた原発作業員の知られざる生活」に過酷な労働環境で、危険な仕事をする最前線の作業員の写真が数カット記事とともに載っていました。
この写真を見て思いだした事があります。30数年前のアルバイトです。割の良いバイトがあると紹介され行ったのが、板橋の化学工場。当時の日当1万円は破格です。ただし、続けてやるのは禁止。何日か間を空けなければならない規則でした。
まず、オレンジの厚手のつなぎに着替え、帽子をかぶり、手袋をし、最後にガスマスクを付けます。顔にぴったり付けるよう厳しく言われます。
そして広い工場にある現場へ。そこにはタンクローリーのような大きな容れ物があり、梯子が付いています。人はいません。下に置いてあるセメント袋に詰めてある化学薬品の粉をひたすらこの容器に入れるです。
半日程で済みますが、喉が痛みます。社員がやらない訳がわかります。続けてやってはいけないのも身体で理解できます。
これは30数年前ですから、今は機械化進み、危険な作業を人間がやるところは無いと思っていましたが、福島にはありました。
私のちっぽけな体験とは比べ物にならない遥かに危険な作業ですが、現場の事情は何も変わっていないようです。