実録!インプラント治療をめぐる医療裁判(その4)

(前回までの)経緯の中で、原告側の協力歯科医として、そのカルテ分析に携わったメンバーの連名で意見書を裁判所に提出するわけですから、自然と力が入ります。その意見書の実際を提示したいとは思うのですが、さすがにそれは差し障りがあると思われますので、その抜粋を書き出します。

意  見

基本的事項

Ⅰ:歯科治療の目的。
  歯科治療の目的は、顎・口腔系の機能及び審美の速やかな回復とその維持。である。

Ⅱ:歯科治療の基本的な流れ。

1、診断に必要な検査。(歯科レントゲン。診断用歯列模型。歯周検査。問診(全身及び歯科的既往歴、現症歴。)顎関節状態。顎運動状態。口腔清掃状態。ブラキシズムなど悪習癖の有無。その他。)

2、診断及び診断に基づく治療計画の立案及びそれらの十分な説明と同意。(保険治療と自費治療の区分やそれに関わる費用の説明を含む。)

 最低限この過程の上、実際の治療行為に移行する。具体的には、
①初期治療:疼痛の除去や抜歯適応歯の抜歯、根管治療及び歯周処置が行われる。歯周治療は通常、処置部位を分割して一回目の歯周処置を全顎的に行い、以後は、再評価をもとに、歯周状態の改善度が悪い部位について更なる歯周処置(歯周外科手術など)や口腔衛生指導が施され、再評価のもとに、抜歯を含む予後の判定が行われる。そしてこの初期治療の結果により必要に応じて当初立案した治療計画の修正を行う。

②咬合の構築治療:初期治療で歯牙状態そのものの改善や予後不良のための抜歯処置などが終了した時点で、治療用補綴物(いわゆる仮歯を含む、治療用の歯や義歯。)を用いて全顎的な咬合の安定した構築のための処置を行う。但し、初期治療開始時に全顎的な咬合支持の不足などによる、咬合状態の著しい不具合(咀嚼不良など)があれば、初期治療開始と並行してこの咬合の構築治療は行われる必要がある。

③最終補綴治療:②に於いて、良好な咬合関係の回復、安定が得られた後に、治療用補綴物を最終的な材料に置き換える処置を行う。
 (インプラント処置は最終補綴の為の手段であるので、この段階で行われるものである。)

④メインテナンス(管理):得られた良好な口腔状況の維持及びそれを障害する要因の予防などの為の定期的管理。

と原則的にはこのような治療の流れとなる。

 

Ⅲ:カルテ記載について。

カルテとは診療記録のことであり、診療行為を為した際に、遅滞無く施術した順序で記載されるものである。(参考文献1)
診療記録には基本的に何が書かれるものなのか。
;患者の個人的、社会的情報。(過去、現在とも)
;患者の健康状態(病的な状態も含む)とその変遷の経過。(過去、現在とも)
;診療(看護を含む)の計画。(到達目標を明記したうえで)
;診療(指導、教育、説明内容を含む)の内容、結果、経過の経時的記録。
;担当者の判断、判断の根拠、思考過程。
;診療従事者の責任の所在。(署名)
;診療評価。
;要約(サマリー)
;事務的、法的記録。

また、診療に際しての経過記録の基本的記載の仕方は。
S:Subjective(自覚的症状)
O:Objective(他覚的所見)
A:Assessment(感想、判断)
P:Plan(方針)
の4つの項目である。

例えば、ある歯周病の歯について記載するとすれば
「右上第二小臼歯、自発痛(S:自覚的症状)はないが、腫脹と排膿があり(O:他覚的所見)、前回の処置による改善が見られないので抜歯の適応であると思われる(A:感想、判断)。抜歯の承諾を得るための説明が必要である。(P:方針)」
と最低限このような記載となる。

Ⅳ:保険治療と自費治療の区分について。

 使用材料や施術の時期、回数、方法などの制限はあるものの、基本的に全ての歯科疾患に対して保険治療は網羅されており、病態とみなされないもの(成人の歯列矯正、ホワイトニングなど)や制限外の材料や手技(インプラントを用いる補綴処置、セラミックの被せ物など)を用いる場合以外は、保険治療の対象である。

質問事項に対して

上記Ⅰ~Ⅳの基本的事項に則り、以下、本件について意見を述べる。

1、 当該医師による治療について。

前記、Ⅰ、Ⅱより、歯科治療は歯科的特徴を踏まえた上でその治療法は構築されている。つまり、歯科治療は、系統的な診査を行い、その診断結果の患者への十分な説明のもとによる理解と自覚のもとに、顎・口腔系に対する機能及び審美面での回復を可及的速やかに計り、以後、維持の為の管理に移行することである。
  その治療自体の流れは高度に確立されたものであり、単一方向への流れで成り立っている。具体的には、診査、診断、治療計画の立案、処置、処置への再評価、治療計画の修正、顎・口腔機能の正常範囲での確立、最終処置、管理である。  
従って、歯科治療に於いて、術者による特別の治療の流れが存在する余地はなく、施術者の特徴が現れるのは、その用いる手段や方法、薬剤の種類や外科手術の熟練度や技術の高さ、全身管理(運動や食事の指導など)などであって、歯科治療の基本的な流れは施術者によって変るものではない。
 
 当然、本件の場合もこの範疇から外れるものではなく、まず為されるべきことは、初期治療から最終補綴処置までの治療計画の説明と同意の上、医学的に適切な歯科的手技、手法を用いて、顎・口腔系の器質的状況(歯周組織の回復、歯牙状態の回復、咬合関係の回復、顎関節の機能の回復など)及び顎・口腔系の機能的状況(咀嚼機能の十分な回復、顎運動の偏りの是正、悪習癖の除去など)の整備を可及的速やかに求め、顎・口腔系の正常範囲内の機能を得ることである。そしてしかる後に、この正常範囲内の機能の維持を計る為の最終補綴処置の手段としてインプラント処置を施すべきであった。
 
 また、当然ながら、治療途中の仮歯や仮義歯のような状態といえども咬合関係の不安定や疼痛・動揺などの存在などによる顎・口腔系の不調和を長く留めてはならない。
 しかしながら、被告の治療過程には初期治療から最終補綴までの治療計画の立案及びその提示がなく、あるのはインプラントの埋入に関してのみの治療計画である。当然これが〇〇氏(原告)の歯科治療計画に当たるものではなく、ただインプラントを埋入することに対する説明にしか過ぎない。
 
 つまり、被告の治療は、必要十分な検査及び検査結果に基づく診断と治療計画の立案がなく、歯科医師として患者さんに対して第一義的に行われるべき、顎・口腔機能の速やかな回復という観点が欠落しており、ただ漫然とインプラントを埋入するという方向に向けて進んでいたものである。
 従って、被告の歯科医師としての技量や診療姿勢を評価するとすれば、歯科医師としてあまりに未熟で拙幼であると言わざるを得ない。

☆次回に続く


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