実録!インプラント治療をめぐる医療裁判(その5)

2、当該医師のカルテ記載について

Ⅲ.により、カルテとは、診療行為が為された時に、遅滞無く施術した順序でその内容が記載されなければならないものであり、その内容は、「何を、どのように評価し、どのような処置をし、どのような経過で、どのようになったのか、そしてその結果に基づき今後どのような方針で臨むべきか。」を記録するものである。これによりその治療行為に至った根拠と、思考や治療自体の変遷が記録され、その積み重ねにより、以後、その患者さんにより精度の高い診療を提供する為の礎となるものである。これを疎かにすれば、不必要な治療を行ったり、効果のない治療を続けたりするような、患者さんに不利益を与えるような可能性を高くするものである。

 カルテをきちんと記載する事は、患者さんに正しい医療行為を提供するという医師として最も守るべき原則を遂行する上で、欠く事の出来ない最も基本的な行為である。
 
 そこで本件のカルテ分析には、全員が臨床経験15年以上の、インプラント医を含む複数の歯科医師が当たった。

 その上で一致した見解は、被告記載のカルテは記載内容や記載方法に一貫性がなく、記載されるべき内容に著しく欠け、カルテが有するべき性質から大きく逸脱したものであり、カルテ(診療録)の呈をなしていないということである。

 被告のカルテには全般に渡り、系統だった所見の記載がなく、「何を、どのような根拠で、どのように処置して、どうだったから、どうした。」という内容が掴めないものである。具体的には、インプラント手術時には血圧のモニターを行ったとの主張がなされているが、その記録のカルテへの添付や記載は一切存在しない。これは記載すべき事項を記載しないという杜撰さか、モニターを行っていないことを表すものである。また、投薬した薬剤の名称、用量、用法が書いてあったり、なかったりし、その投薬の目的が術後の感染予防なのか、腫れなどの対症的な投薬なのかなどには記載がない。更に被告カルテには、全般的に必要事項の記載がほとんどない中、突然、図を用いた説明があったりし、そのカルテの図を直接患者さんに見せて説明したのかという問いに対しては、別の紙に書いて説明した旨を主張しているが、そうであるならばその旨をカルテに記載するか、その説明に用いた紙をカルテに添付するかするべきである。それがなされていない以上、その説明がなされたかどうかは、全くわからない。また後の被告準備書面(2)では記載もれやの記載の間違いを複数、被告自ら指摘するに至っている。

 このようなことから被告によるカルテの記載は明らかに不備、不十分であり、このようなカルテでは診療経過を明らかにできず、そもそも診療自体が不十分であったとの非難も免れない。(参考文献1)

4、休診日前日のインプラント手術の施行について。(参考文献2)

通常、歯科処置の中で外科手術(抜歯手術、インプラント手術、歯周外科手術など)は休診日前日に行われるべき処置ではない。言うまでもなく、このような外科処置後には、痛み、後出血、腫れ、炎症の急性化などが起こることがままあり、このような場合に対応出来る体制を持たなければならないからである。もし、休診日前日に外科手術をしなければならない場合は、これに準じる体制を持ち、最低でも施術者自身で対応出来ない時があることを想定し、その際の受診先の情報の提供はなされるべきである。

 しかるに被告の対応は、自身の連絡先を教えるのみであり、しかも寝不足と薬の服用によって2度目以降の電話に対応出来ないというありさまである。こういうことがあるからこそ休診日前日の外科処置は行われるべきではないし、もし、行うとすれば、寝不足をしないことや眠気を催す薬は服用しないか、自身に替わって対応出来る受診先の情報を前もって提供することである。また、被告のこの寝不足と薬の服用が、原告が手術後の後出血で苦しんでいることに対応出来なかった理由をなんら正当化するものではない。

5、2度の手術後の後出血について。

外科処置後に起こり得ることには上記4で述べたように様々なものがあるが、大事な事は、それがなぜ起きたのか、今後そのようなことが起きないようにするにはどうすればよいかを検証、考察することであり、医師として当然なされなければならない事である。

 手術後の後出血の要因となるものには、代表的なものだけでも、患者さんの全身状態(高血圧、出血傾向、抗血液凝固剤の服用、糖尿病など)や創傷部の座滅、歯肉の不十分な骨膜からの剥離、不十分な縫合などが考えられる。

 しかるに被告のカルテには、手術後の後出血を2度も経験しているにも関わらず、それを検証、考察する記載が一切ない。これでは被告の診療に対する姿勢には明らかに問題があると言わざるを得ない。

6、その他。(付記として。)

① 被告準備書面(2)第1-3 口腔内写真について。

この書面の中で、口腔内写真は口腔内の状態を確認するもので、問題がなければ口腔内写真のデータを消去することを口腔内写真が存在しない理由としているが、そもそも、口腔内写真は口腔内の映像的記録にのみ用いられるものであって、写真によって口腔内の状態の確認をするものではない。これは診断の範疇であって、口腔内の状態の確認は医師自身の診察によってなされるものである。

 口腔内写真は、治療前後の比較の記録や自身ではよく見る事のできない患者さんへの説明用として大きな価値を発するものである。
問題のない状態の口腔状況の口腔内写真は消去することが前提ならば、問題があるかないかは、視診などの医師による診察により判断されるものであるから、その時点で口腔内写真を撮らなければ良いのである。

② 被告準備書面(2)第1-4について。

治療に関する資料について、Ⅱで示した診断に必要な検査の項目にある診断用歯列模型(スタディモデル)は、3年間の保管義務がある。にも関わらず一般的に証拠保全の対象とされる資料(当然、スタディモデルはその対象である。)はすでに原告側に渡されているもの以外に存在しない。と間違ったことを断定されているが、その姿勢は如何なものか。

③ 被告準備書面(2)第2-2について。 

予診表で原告の高血圧や糖尿がないことは確認されていると主張するが、予診表とは、問診診査をするときの補助とするものであり、これで患者さんの全身疾患の有無を確認出来るものではない。

 また、問診で重要なのは、患者さんの訴えをうのみにすることなく、無自覚やコントロールの悪い全身疾患を慎重に排除することであり、そのためには一般医科との連携が不可欠である。

④ 被告準備書面(2)第2-4 (1)(2)について。

左下2、3の歯冠形成(生PZ)によりむしろ咬合が維持したなどと主張しているが、これは歯冠形成の意味を全く理解していないものである。歯冠形成とは、歯牙の歯冠を冠を被せる為に必要な分を一回り削除する行為を指すのであって、生PZの表す意味は、有髄歯(神経の生きている歯)の歯冠を冠を被せる為に一回り削除したということである。

 この行為は、その時点で左上下の2、3部しか咬合支持がない状況で歯冠の削除を行っているのである。

しかるに被告準備書面によるこの主張は、準備書面の記載者に十分意味が伝わってなかったのか、字面の歯冠と形成による判断からか、全く間違った根拠の上でなされている。法的な場で、このようななされようは如何なものか。

⑤ 被告準備書面(2)第2-5について。

歯冠形成し、歯型も採っていたが歯が非常に動揺しているためバイト (噛み合わせの位置)が取れず、冠の作製を中止したとあるが、バイトも取れない程の動揺歯をどのように歯冠形成(歯冠を一回り削除すること)し歯型を採ったのであろうか、また、翌日に再確認しなければその動揺は発覚し得なかったのか、明らかに矛盾している。

 ⑥ 被告準備書面(2)第2-7について。
 
 原告の仮歯の繰り返しの破損は、初診からあった原告の歯周病歯の動揺が原因であるとの主張がなされているが、そもそも歯科医師による治療は、そのような時にこそ発揮されるべきものであって、そのような歯を含む口腔内状況に対して処置を施し、何とか咬合の安定を得るのが歯科医の役割である。また、この時使用される、仮歯の材料は、レジンと呼ばれるプラスチック樹脂であり、正常範囲内での咬合力による負荷での耐久性に問題はなく、実際の臨床として、数年に渡り破折することなく使用に耐えることも少なくない。この仮歯での破折が続く場合  に歯科的に考えなければならないのが、この仮歯に過剰な負担がかかるから破折するという認識であり、その原因で一次的に考えられるの は、付与した咬合関係の不調和であり、二次的な因子として、食いしばりなどの悪習癖である。もし、耐久性に問題があり頻繁に破折することを容認するものであれば、当然、歯科臨床の現場で使用され得るものではない。

まとめ。

以上1~6までに述べて来たように、被告の治療内容は歯科医師としては未熟で拙幼であり、診療に対する姿勢は明らかに不誠実である。
 また、これからのインプラント治療を含む歯科医療の向上や更に精度の高い検証のために、このケースは、各学会(日本口腔インプラント学会、顎咬合学会、日本咀嚼学会など)や各スタディーグループなどより多くの歯科医師の方々に広く開示し、賛否を含めより多くの意見を得ることが必要と思われる。

(参考文献1:POSによる歯科診療録の書き方。 日野原 重明監修 医師薬出版。

今回の件に関し、このような意見書をカルテ分析をした歯科医と連名で裁判所に提出しました。

ここまでのもので全てではありませんが、今回の件に関し、被告、原告双方に不利益を生じない範囲の一般的歯科治療の考察を記しました。この意見書の内容を知ることにより、歯科医療の提供側としても、それを受ける患者側としても、利益があると判断した部分です。

参考資料2:「知らないと怖いインプラント治療 」 抜井 規泰 著  朝日新聞出版

☆次回(判決)に続く


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