回復を物語るエピソード (2)

さらにこの話には、後日談があります。この患者さんは、難病指定の病気については医大で治療を受けていたのですが、「入れ歯を直してリハビリを続けたら、こんなにうまく喋れるようになった」と担当医に話したところ、信じてもらえなかったそうです。

しかもその担当医は、「今まで自分が試してきた薬が効いた」と考え、それまで以上に大量の薬を投与したというのです。結果として大きな問題は起こりませんでしたが、これは実に危険なことです。

回復を物語るエピソード

「使える入れ歯」と「正しく噛むトレーニング」によって言語障害も改善されました。回復を物語るエピソードがひとつあって、新しい入れ歯を入れてからしばらく後、この患者さんのところに電話をかけてきた実のお姉さんが、「間違えました」とすぐに電話を切ってしまったそうです。発声が飛躍的に良くなったので、お姉さんは別人にかけてしまったと勘違いしたのです。

新しい入れ歯を入れたあと、言語障害が完治したわけではありません。ですから、この患者さんがうまく話せなかったのは、入れ歯のせいだけではなかったと言えます。しかし、入れ歯を作り直したのを境に、別人と間違えられるほどに発声がハッキリしたのは事実です。つまりこれまでは、合わない入れ歯によって無用の苦しみがもたらされていたのです。

 この患者さんは、「話す」「食べる」という人生の楽しみを、10年にわたって失っていました。最終的にそれらの楽しみはある程度は取り戻されましたが、失われた時間は二度と戻りません。

ひとことで言えば、若返ったのです。

およそ八ヵ月かけて、歯茎の治療や咀嚼トレーニングなどを続け、入れ歯を作り直したところ、予想していた以上の効果が現れました。

まず顔が変わりました。ひとことで言えば、若返ったのです。初診で訪れたとき、患者さんの口もと、首のまわりには不自然な皺があり、顔は左右非対称になっていました。

いずれも、原因は合わない入れ歯です。10年間も偏った噛み方をしていたため、咀嚼筋が不自然な発達をしてしまい、顔が歪み、不自然な皺が出ていた。

それが「使える入れ歯」と「正しく噛むトレーニング」によって、元に戻りました。入れ歯を作り変える以前、この患者さんは食事が億劫だったそうです。まともに噛めないために、食事をするのが面倒だった。しかし、「使える入れ歯」が口に入ってからは、食事が楽しくなったとおっしゃっていました。表情にも明るさが宿りました。

ですから、正確に言えば、その患者さんは若返ったわけではありません。本来あるはずだった若さを取り戻しただけです。

本来の若さをもたらす合う入れ歯

以前、私たちの病院に、ある難病指定の病気を持った患者さんが訪ねてきました。患者さんは女性で、当時64歳。その病気の主症状は、言語障害と歩行障害です。言語障害はかなり重く、診察予約の電話では、言っていることがほとんど聞き取れませんでした。

来院した理由は、「もう少しいい入れ歯を入れたい」というものでした。毎日の暮らしに苦労が多いので、「せめて入れ歯だけでもいいものを作ろう」というわけです。

診察してみると、その患者さんの歯茎にはひどい炎症が起きていました。炎症は歯茎全体に及んでいましたが、とりわけひどかったのが上顎の前歯部の歯茎で、指で押すとブヨブヨと1cmくらい動きました。
 原因は、小さすぎる入れ歯です。

本来の歯列よりも、ずっと小さい総入れ歯が入っていたために、炎症が起きていた。その患者さんが「小さすぎる総入れ歯」を使うようになったのは、来院時より10年ほど前だったそうですが、当初から合わなかったにもかかわらず、「入れ歯とはこういうものだろう」と我慢して使っていたそうです。

口に入れたときから

入れ歯の治療は、口に入れたときから始まります。

どんなに精巧に作られた入れ歯でも、入れたあとの微調整は絶対に必要です。歯茎をはじめとする口の中の状態も、年をとるにつれて変化していきますから、定期的なチェックもしていかなければなりません。

入れ歯にまつわる本当の治療は、口に入れたときから始まるのです。これを怠れば、時として人生を台無しにするようなトラブルが起こります。