「噛む」という行為はボケ防止

使える入れ歯によって支障なく食べられるようになれば、健康を回復する人も増えます。食は健康の基本で、「噛む」という行為は内臓や筋肉、脳などとリンクしていますから、きちんと噛めれば全身状態もよくなるのです。

たとえば、ボケ防止です。顎というのは、脳に血液を送るポンプのようなものですから、咀嚼運動がしっかりと行われていると、脳内の血流がよくなります。これが脳の機能を活発にし、痴呆症の予防につながります。実際、痴呆症のお年寄りの食事を「たくさん噛んで食べるメニュー」に変えたところ、症状が改善されたという報告例があります。

日本で一年間に作られている入れ歯の数

学校教育を変えるべきなのは言うまでもありません。しかし、それには時間がかかります。激しい抵抗にあって、頓挫する恐れもあります。

これに比べれば、保険制度の改善は簡単です。成功報酬制度に反対する医療関係者はまずいないでしょうし、行政の決定ならば、ある日を境にして全国一斉に成功報酬システムが実施されます。保険制度を変えるほうが現実的だし、手っ取り早いのです。

残る問題は医療費ですが、成功報酬が支払われるようになっても、国の負担は増えません。逆に、大きく減るはずです。なぜなら成功報酬は、新しく入れ歯を作ったときの金額よりは安いからです。

日本で一年間に作られている入れ歯の数は、およそ1,000万床(入れ歯は1床/しょうと数えます。)だと言われています。わずか12年間で、すべての日本人に行きわたるほど大量の入れ歯が作られている。1,000万という数字は正確な統計に基づくものではありませんが、これが仮に半分に減ったら、巨額の医療費が浮きます。

歯科医も技工士も努力するようになるはず

正しい入れ歯の作り方を習得するには、学校を卒業したあとに独自に勉強する必要がありますが、自らの時間を割き、自らのお金を使ってまで勉強をする人は、ほとんどいません。

そんな余裕はないという人が大多数ですし、保険診療をしているかぎり、勉強しても収入にはつながらないからです。成功報酬システムを作って、独自の勉強が「得」になるようにしなければ、使えない入れ歯はこれからも量産されつづけるでしょう。

使えない入れ歯でも、作るのには時間と労力がかかります。どんなに手抜きをしたところで、ここはゼロにはできません。

しかし成功報酬は、不労所得です。最初に正確でまともな仕事をすれば、定期的にお金が入るのですから、歯科医も技工士も努力するようになるはずです。患者さんはよく噛める入れ歯を使える事になります。

成功報酬システムを導入すれば、医療費が減る

使えない入れ歯が氾濫する状況を是正するには、保険制度を変えるしかないと、私は思います。

具体的には、成功報酬システムの導入です。たとえば、入れ歯を作って一年経ったとき、その入れ歯が実際に使われているのなら、保険点数を追加でもらえるようにするのです。

大学や技工学校で教えられている知識は、間違っているものが少なくありません。ですから、歯科医になりたて、技工士になりたてなら、「使える入れ歯」が作れないケースが多々あります。

『保険だから報酬は入る』保険制度の重大な欠陥(3)

ではなぜ、入れ歯の保険点数が低いのか。これは行政が間違っているというよりは、歯科医の側に問題があるからだと言えます。使える入れ歯を作れる歯
科医が少ないから、保険点数が低くなっているのです。

現在のような状況で、一人の患者さんに対し、たとえば一ヵ月おきに新しい入れ歯を作るのを認めたら、医療費はすぐに限界を超えます。半年という区
切りが設けられているのは、いわば行政サイドの苦肉の策であるわけです。

しかし、半年という区切りを作っても医療費は減りません。逆に、
増える一方です。半年で新たに作れるなら、「長く使える入れ歯」を作る努力を放棄する歯科医が出てくるからです。使えない入れ歯を作られた患者さんは、ま
た新しい入れ歯を作らざるを得ませんから、雑な仕事をすればむしろ儲かるとも言えます。

現在とは別の病院で保険医をしていた頃、私は目の
前で患者さんに入れ歯を外されたことがあります。完成した入れ歯を患者さんの口に入れたところ、その患者さんは「こんなもの入れていられない」と、受付の
ところで入れ歯を外したのです。

なぜ外したのか。答えは単純で、合わない入れ歯だった。その頃の私は未熟で、合う入れ歯を作るための知識
も、技術もなかったのです。

入れ歯を外された私は、まず「なぜだろう」と思いました。手を抜いたわけではない。むしろ苦労して作った。そ
れなのに、合わないのはなぜなのか。そう思いました。

続いて考えたのは「まあいいや」ということです。「合っても合わなくても、保険だか
ら報酬は入る」というわけです。本当に恥ずかしく、患者さんに申し訳ない話ですが、それがかつての私でした。

林歯科