計画停電の不公平

首都圏では、原発事故の影響で、計画停電や自主的節電で電気需要を減らす生活が続いています。

供給側の惨状を考えれば、この生活はかなり長引くと思われ、場合によってはこの生活がスタンダードになるかもしれません。

しかし、計画停電による地域差は不公平に繋がりますので解消しなければなりません。生活上の不便はもちろん、電気が使えない時間は商売上の収入減に直結し死活問題です。現にそうした不満は出て来ています。

冬場の暖房は電気で動くエアコンの代わりに、石油やガスストーブなどに切り替え出来ますし、厚着や毛布、ふとんで凌ぐ事も可能です。

しかし、夏場の暑さを凌ぐ方法はクーラーや扇風機などの電気製品以外に思い当たりません。設定温度を調節した節電でがまん出来る地域と、計画停電でエアコンも扇風機も使えずにただがまんを強いられる地域の不公平感は、冬場の比ではないことは容易に想像出来ます。

子供や病人やお年寄りなど社会的弱者は尚更ですし、産業界に与える影響も大きいでしょう。関係各機関や専門家は夏場を乗り切る具体策を練っていると思いますが、がまんがお互い様で済む不公平のない解決策を提示してもらいたいものです。

野菜不足にならぬよう

↓「飲料水は赤ちゃん、被災者に」

野菜だけでなく、水道水からも放射性物質が検出され摂取制限も出されました。

「ただちに健康に影響はない」けれど、安全を最大限に考慮して「保守的な基準値」を採用しての決定です。

摂取制限の原因は福島の原発事故ですから、この状態が改善されない限り、野菜や安全な水は不足するでしょう。「保守的な基準値」は原発の安全性に当てはめて貰いたかったものです。そうしていれば今の混乱は無かった筈です。

野菜の風評被害はすでにおきており、ホウレンソウなどは安全な他県産の野菜も含めて仕入れも販売もされなくなっているそうです。野菜全体の入荷量が減っているとニュースにもありました。

避難所でもインスタント麺やおにぎりなどのでんぷん食が続くと、体調が崩れてしまうので、果物や野菜でビタミンやミネラルの補給がとても大切だそうです。

バランスの良い食事で身体の免疫力を上げておくことは大きな予防法です。「保守的な基準値」に振り回されて野菜不足になることの方が身体に良くはありません。

風評被害の加害者

 ↓「4県産野菜売れない」広がる返品、生産者悲鳴

原発事故の影響でいくつかの野菜などが出荷停止になっていますが、上記のような記事を目にすると、本当に腹立たしい。

風評に惑わされ間違った消費行動をとれば、無実の被害者を生んでしまいます。

過剰反応せず、風評被害の加害者になることだけは絶対に避けましょう!

1973年(昭和48年)の節電とこれからの電気

↓ 東電の計画停電、今夏・冬も
https://dailynews.yahoo.co.jp/fc/economy/electric_companies/?1300759546

1973年の第一次オイルショックの時も国を挙げての節電が行われました。23時から5時までテレビ放送は自粛。NKKは昼も自粛時間帯がありました。ネオンも消えました。

23時以降、全てのテレビは使えない訳ですから、節電効果は計りやすかったのでしょう。原油の確保が目的だったので、こうした措置がとられました。

石油に関係のないトイレットペーパーの争奪戦もあり、モノ不足が社会現象となりました。高校生だった私も、母親がどこからか買い込んで来た大量のトイレットペーパーが、結局いつまでも家の中に残っていたのを覚えています。

そしてこの時の事が、原油などの電力資源を外国に依存しているわが国の危機感に目覚め、後の中東外交や国内の原発建設の転機になります。

今回の計画停電や日常生活の節電は、1970年代とは違います。夜中に節電して原油の消費を抑えるのではなく、ピーク時の電力使用量が供給出来ないための措置です。

かつて、福井県(原発が多い)に住む恩師が東京にある自販機を全て止めれば、原発一基減らせる事が出来るんですよ!とよく言っていました。

都市部の電力消費を賄うために地方に作った原発………。

節電だけではなく電気の使い方を真剣に考え、変える必要があると思います。

電気を消しても明日が明るい

私が住む渋谷のスクランブル交差点は、昼夜を問わず人、人、人で溢れかえっています。

信号が変わる度に四方八方から人が押し寄せ、誰一人ぶつかる事無く交差して行く様子は現代の東京の名所です。

そのスクランブル交差点が閑散としたのは、地震の翌日から。回りを取り囲む3つの大型ビジョンも節電のため消え、街は薄暗くなり、不安と先行きの不透明感で覆われているようでした。

しかし、土曜の夜は渋谷に人が戻って来ました。街は相変わらず薄暗いのですが、若い人で溢れていました。看板の電気を落とした飲食店も盛況です。

若い人は、電気は使いたい放題が当たり前の生活から、節電し薄暗いのが当たり前の生活への順応も早いようです。

薄暗い街に明るいエネルギーが充満しており、若さが頼もしいとつくづく感じました。

電気を消しても明日は明るい。そう確信しました。