歯茎を傷める『合わない入れ歯』

歯や歯茎が傷んでしまうケースもたくさんあります。

この患者さんがある歯科医院で、入れ歯を作ったのは50代のときでそうです。歯槽膿漏に冒された歯を抜歯し、上下に部分入れ歯を入れた。しかし、これが合いませんでした。入れているのが苦痛なので、使わずに過ごしていたそうです。

64歳のとき、この患者さんは別の歯科医院で入れ歯を作り直します。上下ともに、新しい部分入れ歯を作りました。

 このときは、下の入れ歯が使いにくかったそうです。そのため下の入れ歯はほどなくして外してしまい、上は大きな部分入れ歯、下は残った歯、という状態でものを食べていました。

そんな状態を続けていると、上顎の歯茎が入れ歯に圧迫されて、炎症が起こります。むろん噛み合わせもおかしくなって、歯周病や虫歯も起きてきます。

結果として、下顎に残っていた歯は抜けていきました。64歳で新しい部分入れ歯を作ったとき、すでに何本かの歯が抜けていたのですが、さらに抜けていきました。やがて炎症や歯周病は耐えきれないほどにひどくなり、私たちの病院を訪ねてきたわけです。

歯科医探しを間違えると

念を押しておしておきますと、これは「治って良かった」というだけの話ではありません。歯科医探しを間違えると、ここまで苦しい思いをする危険がある、という話でもあります。

抜けた歯を放っておいて、対合する歯が伸びてきたとしても、適切な処置をすればトラブルは起こりません。しかし、その適切な処置ができない歯科医が現実にいます。そんな歯科医から身を守るには、歯に問題がないときから信用できる歯科医を探しておかなければなりません。

「今はまだ一本も抜けていない」という人にこそ、どこで、誰に、入れ歯を作ってもらうのか、真剣に考えていただきたいと思います。

喜びも二倍三倍に

前述の患者さんの治療は、まず上の部分入れ歯を作り直すところから始めました。本来の歯の高さに合わせて、新しい入れ歯を作った。

次に、下の義歯(ブリッジ)に金属を接着しました。下の義歯は、本来の高さよりも低く作られていましたから、金属を「足して」、本来の高さにしたのです。

もちろん一連の処置は、ゆっくりと進めました。バランスの悪い噛み合わせとはいえ、4年という時間をそれで過ごしたのは事実です。これを急激に変えてしまうのは危険です。まして患者さんは88歳という高齢ですから、噛み合わせを元に戻す処置は、ゆっくりと、慎重に進めていかなければなりません。

新しい入れ歯で違和感なく噛めるようになったのは、およそ2ヵ月後のことです。その段階で、めまいは完治していました。入れ歯が入ったあとも、調整のため通院してもらいましたが、最終的には一人で通ってこられるようになりました。88歳という高齢にもかかわらず、問題なく歩けるようになったのです。

しかも通院の帰りに、友達と食事をするようになった。入れ歯の調整を終えたあと、その患者さんは「これから友達と食事をするんです」とよく言っていました。新しい入れ歯によって、外食を楽しめるようになったわけです。それまで外出に大きな制限があったために、喜びも二倍三倍になったのではないでしょうか。

歯科医が作り出した苦しみ

ではなぜ、山型の入れ歯が作られたのか。少し回り道になりますが、順を追って説明してみましょう。
 この患者さんは、まず下の第二臼歯を失いました。失ってからは、しばらく放っておいた。なぜ放っておいたのかといえば、それでも食事ができたからです。

たとえ1本でも歯が抜ければ、ものを噛むのに支障が出ます。しかし、人によってはその状態に慣れ、さしたる不便もなく食事ができるようになるケースがままあります。この患者さんは抜けた状態に適応できたケースで、歯が抜けたあとの何年かを、入れ歯なしで過ごしていました。

しかし歯というのは、対合する歯がなくなると伸び出してくるものです。抜けた歯を放っておくと、そこに対合する歯が長くなる。この患者さんの場合、下の第二臼歯を抜けたままにしていたため、上の第二臼歯が下に伸び出していました。

上の歯が伸び出してからしばらくして、下の歯にブリッジが入りました。ブリッジというのは、簡単に言えば「固定式の義歯」です。

ところが、このとき作られたブリッジは、伸び出してきた上の歯に合わせて作られていました。つまり、本来よりも凹んだブリッジが入っていた。むろんそんなブリッジは不良品です。

その後、伸び出してきた上の歯が抜けました。抜けたところには部分入れ歯が入りましたが、これは下のブリッジに合わせて作られていました。つまり、上下ともに本来の高さではない義歯が入っていたわけです。

これに対して、逆側の歯列は本来のままの高さです。噛み合う高さが左右で違うのですから、噛み合わせがバラバラになるのは言うまでもないでしょう。その結果、この患者さんはお粥のようなものしか食べられなくなっていたのです。

体のよじれは噛み合わせの悪さから

めまいが始まったのは、その4年前だとのこと。つまり、合わない部分入れ歯を入れたのと同時期から、異変が現れていたわけです。

口の中を見せてもらうと、残っていた歯は、上が7本、下が13本。抜けたところに部分入れ歯が入っていたわけですが、上顎右側に入っていた部分入れ歯は、ずいぶん奇妙な形をしていました。中央部が山型に高くなっていたのです。逆に、そこに対合する歯列は、V字型に凹んでいました。

このような不自然な噛み合わせになっていたのは右側だけです。したがって、噛み合う高さは左右でバラバラです。こんな状態ではまともに食事ができなくなって当然です。むろん歯以外のところに悪影響を及ぼしている可能性はあります。

立ち姿をチェックしてみると、右肩が大きく下がっていて、体全体によじれがありました。体がよじれていれば、脳につながる神経が大きく圧迫されますから、おそらくこれがめまいの原因です。

つまり、めまいは体のよじれから起こっている可能性があり、体のよじれは噛み合わせの悪さから起こっている可能性があったわけです。そして、噛み合わせを悪くしていたのは、中央部が山型に盛り上がっている合わない入れ歯でした。