耳鳴りと噛み合わせとの因果関係

この患者さんが違和感なくものを食べられるようになったのは、初診のおよそ2年後です。最終的には入った総入れ歯になりました。歯茎の状態は、初診時とは比較にならないほど良くなっています。全身症状も大きく改善されました。

私たちのところでは、診察を始めるにあたって圧痛点を調べます。頭部、首、肩、背中を指で押していって、どこが痛いのかを調べるのです。

なぜそんなことをするのかというと、咀嚼システムに偏りがあると、咀嚼筋をはじめとする上半身の筋肉がストレスを受けるからです。総じて、圧痛点が多い人は、偏った噛み方をしている可能性が高いと言えます。この患者さんも治療を始めたときは圧痛点は多く、側頭部、後頭部、顎、肩、背中などの広い範囲に「押すと痛い場所」がありました。

 しかし治療後は、これが半減しました。顎と背中に関しては、ゼロになった。加えて、顎関節にあったクリック音、指の痛み、耳鳴りが消えました。左膝の痛みは完全には消えなかったものの、「夕方になると痛みが増す」という症状はなくなったとのこと。顎口腔系のストレスが減ったため、筋骨格系がバランスがよくなり、症状が改善されたのだと思います。

耳鳴りと噛み合わせとの因果関係は、実際のところは不明です。しかし、まともに噛めなかったときには耳鳴りがあり、きちんと噛めるようになったときにそれが消えたのですから、何かしらの関係があると考えるのが自然でしょう。

読売新聞の記事にちょっとひと言

「歯を離し あご守る」と題した8月20日読売新聞の記事ですが、顎関節症の原因にふれて、

「歯ぎしりや、食べ物を片側の歯だけでかむ、ほおづえをつく、といった癖も、顎関節症を悪化させる可能性がある。」

に関して異論はありませんが、歯列矯正やブリッジ(特に多数歯のブリッジ)、インプラント、入れ歯などの歯科治療が原因になる事あります。

噛み癖を診断し、治す方法を指導してくれ、健康な歯を削らない歯医者を探す事が肝心です。

歯茎の状態と咀嚼機能が改善されたら

さて歯肉のリハビリですが、これは治療用の入れ歯によって行います。治療用の入れ歯に粘膜調整剤という薬を裏打ちし、歯茎を元に戻すのです。粘膜調整剤は2週間くらいで変質してきますから、2週間に1度のペースで通院してもらい、新しいものに取り替えます。

治療用の入れ歯は、最終的なものではありません。しかし、「使える入れ歯」でなくてはなりません。歯茎が痛んでいるからといって、口がきちんと機能できなければ、咀嚼システムが崩壊してしまうからです。

この患者さんは、上顎に大きな部分入れ歯が入っていて、下顎には何も入っていない、という状態で長く過ごしてきました。

ですから、咀嚼システムは本来あるべきものではない、歪なものになっていました。しかし、歪な咀嚼システムとはいえ、それを破壊してしまうと「望ましい咀嚼システム」はさらに遠ざかります。今ある咀嚼システムを改善していくのがベストの処置で、治療用の入れ歯はそのために必要なのです。

歯茎の状態と咀嚼機能が改善されたら、治療用の入れ歯を最終的に入れる入れ歯に置き換えます。したがって、治療用の入れ歯がきちんと機能しなければ、最終的に入れる入れ歯も機能しません。入れ歯の最終形を決める、という点においても治療用の入れ歯は絶対に必要なのです。

歯肉のリハビリ

治療は、歯肉のリハビリから始めました。ここまで症状が進んだ状態で歯型を取り、新しい入れ歯を作っても、無意味です。入れ歯を作るより先に、歯茎を正常な状態に戻さなければなりません。

ブヨブヨになってしまった歯茎に合わせて入れ歯を作るのは、いわば沼地に家を建てるようなものです。土台を固めずに新しい入れ歯を作っても、問題は解決しません。解決しないばかりではなく、症状が悪化する恐れも充分にあります。

痛んで変形した歯茎に合わせて入れ歯を作っても無意味――。このことは、一般の方にも充分に理解できる話だと思います。歯科の知識がなくても、まずは歯茎を治すのが先だと考える人が大半でしょう。しかし現実には、痛んだ歯茎の治療をせずに入れ歯を作る歯科医がいます。

どうしてそんなことをするのか不思議でなりませんが、とにかくそのような歯科医に出会ったら、すぐに病院を替えるべきです。

「沼地に家を建てる歯科医」がいる

初めて診察したとき、歯茎全体が重度の炎症に見舞われていて、真っ赤に見えました。むろん形はデコボコです。また、残っていた歯のうち2本はほとんど抜けそうになっていました。

全身症状もいくつか出ていました。一つは、顎関節のクリック音です。ものを噛むときに、「ガックン」という音が出ていた。それから、肩、背中、腰、左膝に痛みがありました。左膝は夕方になると痛みが増すとのことです。両手の第2、第3指にも痛みが出ていて、さらに耳鳴りもありました。

このすべてが「合わない入れ歯」によるものとは思いませんでしたが、姿勢をチェックすると、体全体が左に傾いていました。きちんとした入れ歯を入れて噛み合わせを確立すれば、さまざまなトラブルがなくなる可能性はあります。