噛むのを忘れた子ども達


現在、林歯科のHP https://www.exajp.com/hayashi/ のリニューアルが進行中です。ウェブの制作・管理はアメリカの友人が一手に引き受けてくれています。

その新しいサイトに掲載する資料や写真を整理していたら、10年以上前の面白い資料が出て来ました。

週刊誌に載っていた電気釜の宣伝です。日本の歴史上の人物の食事を再現して、噛む回数の変遷が載っていました。

卑弥呼  4000回
源 頼朝  2654回
徳川家康 1465回
現代人  620回

噛むのを忘れた子ども達 170回 (例えばハンバーガー1個)

現代人もその子どもも、噛む回数が極端に少なくなっています。

しかし、この広告があった10年程前までは「噛まない子ども」「噛めない子ども」の増加を問題視して、学者の警告(ディスクレパンシー:歯と顎骨の不調和)や、噛む力が弱いと、永久歯の歯並びの乱れ、学力低下などにつながると、マスコミ報道なども相次いだのですが、最近はパッタリ聞かなくなってしまいました。

この資料が10年以上前ですから、今ではもっと噛まなくなっていると思います。

テレビのグルメ番組で「やわらか~い!=おいしい!」のように連発していますが、「やわらか~い」は食感のことで美味しさではありません。食品メーカーや外食産業はそれを逆手に取って、やわやかさに拍車をかけますので、益々噛めない人が増えてしまいます。

歯科医師側はもちろん、親、学校が一緒になって噛む回数を増やす事が、歯並びを良くし、学力、体力を向上させ、健康増進に結びつける対策に取り組むべき。と改めて思った次第です。

本家かまどや社長、インプラント失敗で歯科医を提訴

『本家かまどや社長、インプラント失敗で歯科医を提訴 一生もつとの説明も 』

神戸新聞 https://goo.gl/lOe1l

”人工歯を埋め込む「インプラント」手術の失敗で新メニューの試食ができなくなったなどとして、大手弁当チェーン「本家かまどや」(本社・神戸市)の創業者、金原弘周社長(68)が神戸市内の男性歯科医師に対し、慰謝料など約1360万円を求める訴訟を神戸地裁に起こした。”

「一生持つ」とか「自分の歯のように噛める」とかはインプラント医の常套句。今回のように飲食業を生業とする患者さんにとっては大金をかけても手に入れたいものだったのでしょう。そこ結果がこれですから、怒りの気持ちは充分解ります。酷い話です。

私たちはインプラントには反対の立場ですが、こうしたニュースを鬼の首を取ったように大げさに記している訳ではありません。こうした被害の実態はその一つ一つがニュースにならないだけで、相当な数があることは再三指摘しています。

インプラントには必ず一定の割合で失敗が発生しますし、失敗した時は重篤な症状が残る場合が多いのです。国民生活センターではインプラント『危害』として注意を呼びかけています。もう一度ぜひお読み下さい。

歯科インプラント治療に係る問題-身体的トラブルを中心に-

安全で噛める入れ歯に勝るインプラントなどありません。

「歯ぎしり」新検査方法が登場

9/3の東京スポーツの記事です。

”ほとんどの人は歯ぎしりをしており、放置すると大きなトラブルになる場合もある” として、いろいろな事例をあげています。失礼な言い方ですが、東スポの記事としては大変まともな内容の記事でした。

歯ぎしりは中枢性のストレスに対する生体の防御反応としての生理的な現象で、ほとんどの人に大なり小なり見られる現象です。要はその強さや時間の長さなどが問題で、歯のすり減りや、歯周組織の損傷、顎の骨の肥厚(骨隆起)、顎関節へのダメージなどを引き起こすことがあります。

予防法としては、ナイトガードやスプリントなどマウスピース様のものを就寝時に歯に被せる。などありますが、専門知識のない歯科医のものでは却って悪化するばあいもありますので注意が必要です。

タイトルの新検査法とは「ブラックスチェッカーで咬合の評価」のことのようですが、詳しい説明は載っていません。歯ぎしりや噛み締めの正しい治療を受ければ、歯だけでなく、頭痛や肩こりの軽減につながりますが、治療の正否は歯科医選びにかかっています。

市販のマウスピースなどもありますが、絶対に使ってはいけません。

カルテについて。私の本音(その2)| 実録!インプラント治療をめぐる医療裁判(その8)

 次に、カルテについてですが、カルテを押さえるには、このようなカルテ開示を表から請求するか、証拠保全という、裁判所に訴訟準備をするということで手続きをして、裁判所の担当官と共に診療所を突然訪れ、カルテなどを押さえてしまう強行手段があります。とにかくカルテを押さえる時には、書き換えられていないカルテが欲しいものです。通常、カルテ請求をしてから出てくるカルテは全てとは言いませんが、都合の悪そうなところは必ずと言っていい程、書き足したり、書き換えられているでしょう。

私が書いているカルテでも今のものならばそのまま出しても特段問題はありませんが、以前のものでは書き足したり、書き換えたくなるでしょう。したがって、カルテを押さえる時は、証拠保全の手続きを取って、書き換えや書き足しのなさそうな状態のカルテを押さえたいものです。しかし、この証拠保全には最低30万円位の費用が掛かります。ですので、経済的に余裕がないと厳しいですし、カルテを押さえたからといって勝てる訴訟になるとは限りません。

そしてやはり、誰しもが、もめ事は、おおごとにしないで、出来ることなら話合いの範囲でことを済ますことを望むものではないでしょうか。ですから、通常は証拠保全という強硬手段ではなく、まぁ、書き換えられてしまう可能性が高いだろうけど、正攻法でカルテを出して下さいとすることが多くなるのは仕方のないことです。

 今回も、まぁ、しっかりと加筆訂正された立派なカルテが出てくるのだろうと構えていたのですが、それがまた良くも悪くも、想像を遥かに越える「あっと驚く」カルテが出て来たのです。つまり、「書き換えて、これかよ!」というしろものです。一緒にカルテ分析した仲間の歯科医師もあっけにとられ、最初は困惑、つまり一、二度、見ただけでは「えっ、えっ、ここでこうして、次は、えっ、どうなってんの?どのような意図でこれをしてるの?えっ、してないの。O月O日、仮歯、折れ、修理。えっ、それだけっ?とか。えと、抜歯してそのあとスケーリングして、って、抜歯したあとスケーリングしてんの?」とか。

まず、脈絡がなく、本当に必要な記載がなく、何を、どんな風に意図してやっているのか、体系的に治療の流れが追えないカルテで、その割には、インプラントの時には、たまに図まで書いてあったりして。このたまにって言うのもどうかとは思うけど。それでも根気よく分析を勧め、回を重ねるごとに見えだして来ました。

確かに書き加えたり、書き換えの痕跡はありました。カルテを追って行くと、基本的には書きなぐりの一回の診療に付き一行くらいのものですが、突然、筆跡がはっきりし、図が書かれていたり、内容が丁寧だったりするのです。そして、またいい加減になり筆跡もはっきりしなくなるのですが、そのうち、きりっとしたりします。我々もそんなカルテを追っていると、「ああ、ここでコーヒー飲んだな」とか言って苦笑まじりになってきます。

 最後には、ほとんど治療がわからない程カルテを書かないっていうのも、訴訟がらみなんかになったら、逆に「あり」だなみたいな変な感想が出て来てしまったりさえしてきてしまいました。今思えば、これが被告歯科医師の本質的的な診療姿勢だったのだろうと思っています。つまり、インプラントを埋めるまでは行き当たりばったりでドタバタしても、インプラントを埋めて、くっつきさえすれば、あとはどうにかなるという感がひしひしと伝わって来ますし、実際そういうことで、こなして来たのだと思います。そして、そのような診療を「誠心誠意をつくした治療をして来た」と本気で言ってはばからないのです。

 そしてもう一つ。一回目のカルテ開示の拒否と「納得出来ないのならそちらで法的にやったら」という書簡が来た後に、それでも何とか弁護士を介さない範囲でと、今度は私から手紙を送って面談を求めました。これは言うならば会って下さいという私からの「ラブレター」です。ブログに公開していますので皆さんお読みになってから、これを見ているのだと思いますが、この手紙は気を使って、出来るだけ丁寧に書いたつもりで、きっと被告も私だけに会って歯科医同士の話しで収められるようにするのが得策だと判断し、てっきり面談を了承してもらえると思っていました。

そしたら、あの私の手紙を持って、警察に駆け込んだというんですから、いやはや、こうなるともう、何と表現したら良いやら、そしてホントかウソか警察も相手にしない方が良いと言ったというんですから。(実際のところ、警察としても、あの内容の手紙を持って駆け込んでくる人物を持て余して、適当な対応になってしまっていたんではないんでしょうかね)つまり、被告の人物が私の思う範疇でなくなって来て、そしてその思いは原告が依頼した弁護士からの最初の請求に対する被告の返答で、完全に、「こんな人が世の中にいるんだのクラス」にまで昇華したのです。

それは、弁護士からの請求に対して、カルテ開示のような個人情報開示請求とは、このようにするのだという説明を面々と綴ったものを代理人を付けずに個人として内容証明で送って来たのです。これには弁護士さんと顔を見合わせて、まずはびっくりとしましたが、「困ったな」というのが本当の意味でした。なぜならば、まともなやりとりが出来ないからです。

 結局、今まで経験したことのない程、「とんちんかん」な対応をする人達を相手にしているということが、法的な場に移った後でさえ、やり取りを続ける内にますます分かって来て、書面を受け取る度に、「はぁー?」となってしまうような想像の範疇を越えた内容が最後まで続き、ショックを受ける程だったというのが、最初のやり取りが始まって以来うすうす漂っていましたが、最後の方に、はっきりとに分かったということです。私としては、そんな筈ないよなー、という思いがずっと続いていて、どこかでまともな反論に出会えると思っていたのですが、最後の最後までそのようなことがなく、「なんだかなぁー」というのが本音です。

 これが、今回の件での本当のメインの感想です。当然、全くの個人的感想なのでいわゆる根拠の示せないものも多く含まれていますが、あながち、全くの外れということではないと思っています。

 そして、なぜこんなことをここまで詳しく書いたのかと言えば、一番は、恥ずかしいほど社会性に欠け、無知で傲慢としか言えない、この被告の来し方そのものが紛争を招いたのであり、さらに紛争を大きく長期化させたものとの結論を、紛争の経過を通して、私が確固として持ったからです。そして、残念ながら現状の歯科界ではレアケースとは言い切れないのです。ですから、このことを広く伝えることは、歯科医療の提供側と歯科医療の受領側にとって益のあるものと信じたからなのです。

 では次には、具体的に役立つような視点で書きたいと思います。

☆次回に続く

そして私の本音。画期的な判決(その2)| 実録!インプラント治療をめぐる医療裁判(その7)

結局、判決の後は双方控訴せず。慰謝料も支払われ裁判は終わりました。

裁判はひとつの判例が、それ以後の裁判にさまざまな影響を与えますので、今回の原告側の主張が全面的に受け入れられた画期的な判決も、患者側の利益になる判例として少なからず意義があったと思います。

裁判は日常生活から一番遠いところにありますので、当事者になって初めてその独特なシステムに戸惑い、混乱し、疲労するのがパターンです。原告の友人も当事者でありながら、別世界で展開されるやりとりに嫌気がさしたようで、次のステップへ進む気力は残っていませんでした。

友人のその後の治療は私が引き継ぎ、義歯を用いて、よく噛めるようになり、顔貌も元に戻りました。結果的に言えばそもそもインプラントは何だったのか?という事になります・・・

私の本音(その1)

最後にまとめ的な感じで全く個人的な感想をいわゆる本音というか「ぶっちゃけ的に」書きたいと思います。これまで途中で、多少感想的なものも書いて来ましたが、今から書くのは私が感じた本音です。

 まず最初に言いたいのは、この被告の性質というか人物がかなり変わっているということです。自分を含め、人は皆、多少は変わっていますが、被告の場合はその多少という範囲を明らかに逸脱しているでしょう。実際のところ少しショックを受けた位です。

 この件で、私が原告(友人)から相談を受けたとき、まず思ったのは、このケースでは大きく(原告が満足するような、今まで支払った治療費の大部分の返還などのような)お金を取るのはかなり難しいだろうということです。まずこれを原告に言いました。なぜならば、色々あったにせよ現にインプラントは問題なく生着し、上部構造を補綴出来る状態になっているからです。つまりインプラント治療による結果としての明らかな損害が認められない状態と言えます。結果的な明らかな損害がない場合に賠償を取るのは非常に難しいのです。私が相手側なら、とにかくそれをメインに主張し、問題のない状態のインプラントが提供されているので、法的に損害を賠償しなくてはならない程の医療上のミスはないと主張します。手術後の後出血などはあったにせよ、それはよくある範疇のことで、カルテにもそう記載してあれば、結果、今、何ともなくインプラント体自体は使える状態でしょ。と言われれば、そこから先を進めるのは容易ではありません。それを思うからこそ原告にそれを伝え、それでもやりたいなら弁護士に依頼しない範囲で解決を計るのが良いと話しました。なぜならば、弁護士に依頼してことを進めても、弁護士費用を上回るお金は取れないだろうと思ったからです。原告はそれでも腹立ちが納まらないので、何とかやることはやると言います。

 原告の彼が何に腹をたてているのか。それは具体的には被告にゴミのように扱われたことです。例えば、被告歯科に通院出来なくなったあとに、彼の兄がインプラント治療を受けた別の歯科に行って、被告による原告(友人)の受けた治療が「デタラメだ!」的なことを言われたので、原告は当然頭に来て被告歯科に行き、「どーしてくれるんだ!俺の受けた治療はデタラメと言われたぞ!金返せ!カルテを渡せ!」という感じになったのでしょうし、この流れでは、こうなるのは、よくある話の範疇ではないでしょうか。

 前医を気軽にこきおろすこの歯科医師も問題ですが、被告も「日を改めてお話をさせて下さい」位の対応は出来なかったのでしょうか。その後被告は個人情報請求書を送りつけ、書いて提出したら、今度は、本人確認の書類が足りない、記載の訂正、批判した歯科医師の連絡先がない、と再度の提出を求め、批判した歯科医師の連絡先以外に応じて再度提出したら、「正常な業務に支障をきたす恐れがあるとかなんとか」で全ての原告の治療に関わるものの開示を拒否して来ました。つまり、しっかりと言われたものを言われたように手続きをした原告をあざ笑うようなことをしてのけたのです。よくある、壁に「右見ろ!」と」書いてあり右を見ると「上を見ろ!」そして「左を見ろ!」「下を見ろ!」と続き、最後に「バカ!」と書いてある、というようなことを原告は被告から味わったのです。

 ですから、何とか溜飲を下げたいと思うのも致し方ないでしょう。更に言うなら、被告は、この被告の治療を批判した歯科医師の連絡先を教えることがカルテ開示に必要な条件と最後まで真顔で要求している、この被告の感性というか論理性の欠如というか社会性の欠如は、どう理解すれば良いのでしょうか。全然要求としては成り立たない理由でしょう。私は被告が批判した歯科医師を知りたいのは興味本位のもので、真顔で連絡先をカルテ開示の条件としてるのは、冗談の範疇だと思っていましたし、以降の手続きの中で消えて行く文言だとばかり思っていました。(そしてもし、それを知ったとしたらどうしたんですかね。それこそ、その批判した歯科医師のもとに押し掛け、「俺の治療のどこがデタラメなんだ!」と、ヘタをすれば刃傷ざたにでもなっていたんじゃないでしょうかね。)しかし結局、訴訟になってもカルテ開示の拒否の正当性の根拠として主張し続け、とうとう判決の中であっさりと「カルテの開示にさしたる関係はない」と当たり前ですが、一蹴されています。まだあります、被告は原告が最初の個人情報開示請求書を被告歯科に持参した際に、原告はマスクを付け、血走った目をして、タメ口を聞き、最後は居酒屋に去って行った。という書面を法的場に提出しています。被告は、これを書くことで原告がまともではないということを印象付けたいのでしょうが、法的な場でこんな一方的な妄想のような思い込みは通用するものではなく、もし、本当にやるならば、写真や音声の録音など、ある程度証拠となるものがあっての話しになるでしょう。紛争の場にはこれと似たようなことは多々起きることもありますが、実際には、そんな用意周到な証拠があるケースはほとんどないので、気持ち的には分かるが、それを言っても仕方がないと諦め、他にもっと説得力のある材料を探す努力をするもので、いわゆる、言った言わないの範囲のものは持ち込まない、というのが法的な場のルールですし、もし、持ち込んでも相手にされません。。また、患者がタメ口を聞いたからと言って何が問題なのでしょう。一体、被告は何様になったつもりなのでしょう。(たかが、歯医者でしょ)案の定、これらの事柄については判決書面の中では全く触れられていませんでしたし、原告からの反論の中でも具体的に、花粉症なのでマスクが欠かせないものであったこと、原告は車での運送業務を社会人になってからこの方ずっと生業にして来たので、飲んで運転して来る訳がないことを示され、全く根拠のない誹謗中傷であり、逆に、臆面もなくこんな思い込みを、さも事実のように法の場に持ち込む被告の姿勢は如何なものか。とされてしまい、少なくとも裁判所の被告に対する印象は良いものにはならなかったでしょう。更に、私は、被告についている弁護士達も、こんなことをよく言われるままに出してくるなぁとも思っていました。これは、弁護士達は被告に言ったけれども全く理解されず、被告が固執し、言い張って、弁護士達もあきらめてしまったか、弁護士達のやっつけ仕事だったかのどちらかのような気がします。

☆次回に続く