カルテについて。私の本音(その2)| 実録!インプラント治療をめぐる医療裁判(その8)

 次に、カルテについてですが、カルテを押さえるには、このようなカルテ開示を表から請求するか、証拠保全という、裁判所に訴訟準備をするということで手続きをして、裁判所の担当官と共に診療所を突然訪れ、カルテなどを押さえてしまう強行手段があります。とにかくカルテを押さえる時には、書き換えられていないカルテが欲しいものです。通常、カルテ請求をしてから出てくるカルテは全てとは言いませんが、都合の悪そうなところは必ずと言っていい程、書き足したり、書き換えられているでしょう。

私が書いているカルテでも今のものならばそのまま出しても特段問題はありませんが、以前のものでは書き足したり、書き換えたくなるでしょう。したがって、カルテを押さえる時は、証拠保全の手続きを取って、書き換えや書き足しのなさそうな状態のカルテを押さえたいものです。しかし、この証拠保全には最低30万円位の費用が掛かります。ですので、経済的に余裕がないと厳しいですし、カルテを押さえたからといって勝てる訴訟になるとは限りません。

そしてやはり、誰しもが、もめ事は、おおごとにしないで、出来ることなら話合いの範囲でことを済ますことを望むものではないでしょうか。ですから、通常は証拠保全という強硬手段ではなく、まぁ、書き換えられてしまう可能性が高いだろうけど、正攻法でカルテを出して下さいとすることが多くなるのは仕方のないことです。

 今回も、まぁ、しっかりと加筆訂正された立派なカルテが出てくるのだろうと構えていたのですが、それがまた良くも悪くも、想像を遥かに越える「あっと驚く」カルテが出て来たのです。つまり、「書き換えて、これかよ!」というしろものです。一緒にカルテ分析した仲間の歯科医師もあっけにとられ、最初は困惑、つまり一、二度、見ただけでは「えっ、えっ、ここでこうして、次は、えっ、どうなってんの?どのような意図でこれをしてるの?えっ、してないの。O月O日、仮歯、折れ、修理。えっ、それだけっ?とか。えと、抜歯してそのあとスケーリングして、って、抜歯したあとスケーリングしてんの?」とか。

まず、脈絡がなく、本当に必要な記載がなく、何を、どんな風に意図してやっているのか、体系的に治療の流れが追えないカルテで、その割には、インプラントの時には、たまに図まで書いてあったりして。このたまにって言うのもどうかとは思うけど。それでも根気よく分析を勧め、回を重ねるごとに見えだして来ました。

確かに書き加えたり、書き換えの痕跡はありました。カルテを追って行くと、基本的には書きなぐりの一回の診療に付き一行くらいのものですが、突然、筆跡がはっきりし、図が書かれていたり、内容が丁寧だったりするのです。そして、またいい加減になり筆跡もはっきりしなくなるのですが、そのうち、きりっとしたりします。我々もそんなカルテを追っていると、「ああ、ここでコーヒー飲んだな」とか言って苦笑まじりになってきます。

 最後には、ほとんど治療がわからない程カルテを書かないっていうのも、訴訟がらみなんかになったら、逆に「あり」だなみたいな変な感想が出て来てしまったりさえしてきてしまいました。今思えば、これが被告歯科医師の本質的的な診療姿勢だったのだろうと思っています。つまり、インプラントを埋めるまでは行き当たりばったりでドタバタしても、インプラントを埋めて、くっつきさえすれば、あとはどうにかなるという感がひしひしと伝わって来ますし、実際そういうことで、こなして来たのだと思います。そして、そのような診療を「誠心誠意をつくした治療をして来た」と本気で言ってはばからないのです。

 そしてもう一つ。一回目のカルテ開示の拒否と「納得出来ないのならそちらで法的にやったら」という書簡が来た後に、それでも何とか弁護士を介さない範囲でと、今度は私から手紙を送って面談を求めました。これは言うならば会って下さいという私からの「ラブレター」です。ブログに公開していますので皆さんお読みになってから、これを見ているのだと思いますが、この手紙は気を使って、出来るだけ丁寧に書いたつもりで、きっと被告も私だけに会って歯科医同士の話しで収められるようにするのが得策だと判断し、てっきり面談を了承してもらえると思っていました。

そしたら、あの私の手紙を持って、警察に駆け込んだというんですから、いやはや、こうなるともう、何と表現したら良いやら、そしてホントかウソか警察も相手にしない方が良いと言ったというんですから。(実際のところ、警察としても、あの内容の手紙を持って駆け込んでくる人物を持て余して、適当な対応になってしまっていたんではないんでしょうかね)つまり、被告の人物が私の思う範疇でなくなって来て、そしてその思いは原告が依頼した弁護士からの最初の請求に対する被告の返答で、完全に、「こんな人が世の中にいるんだのクラス」にまで昇華したのです。

それは、弁護士からの請求に対して、カルテ開示のような個人情報開示請求とは、このようにするのだという説明を面々と綴ったものを代理人を付けずに個人として内容証明で送って来たのです。これには弁護士さんと顔を見合わせて、まずはびっくりとしましたが、「困ったな」というのが本当の意味でした。なぜならば、まともなやりとりが出来ないからです。

 結局、今まで経験したことのない程、「とんちんかん」な対応をする人達を相手にしているということが、法的な場に移った後でさえ、やり取りを続ける内にますます分かって来て、書面を受け取る度に、「はぁー?」となってしまうような想像の範疇を越えた内容が最後まで続き、ショックを受ける程だったというのが、最初のやり取りが始まって以来うすうす漂っていましたが、最後の方に、はっきりとに分かったということです。私としては、そんな筈ないよなー、という思いがずっと続いていて、どこかでまともな反論に出会えると思っていたのですが、最後の最後までそのようなことがなく、「なんだかなぁー」というのが本音です。

 これが、今回の件での本当のメインの感想です。当然、全くの個人的感想なのでいわゆる根拠の示せないものも多く含まれていますが、あながち、全くの外れということではないと思っています。

 そして、なぜこんなことをここまで詳しく書いたのかと言えば、一番は、恥ずかしいほど社会性に欠け、無知で傲慢としか言えない、この被告の来し方そのものが紛争を招いたのであり、さらに紛争を大きく長期化させたものとの結論を、紛争の経過を通して、私が確固として持ったからです。そして、残念ながら現状の歯科界ではレアケースとは言い切れないのです。ですから、このことを広く伝えることは、歯科医療の提供側と歯科医療の受領側にとって益のあるものと信じたからなのです。

 では次には、具体的に役立つような視点で書きたいと思います。

☆次回に続く

そして私の本音。画期的な判決(その2)| 実録!インプラント治療をめぐる医療裁判(その7)

結局、判決の後は双方控訴せず。慰謝料も支払われ裁判は終わりました。

裁判はひとつの判例が、それ以後の裁判にさまざまな影響を与えますので、今回の原告側の主張が全面的に受け入れられた画期的な判決も、患者側の利益になる判例として少なからず意義があったと思います。

裁判は日常生活から一番遠いところにありますので、当事者になって初めてその独特なシステムに戸惑い、混乱し、疲労するのがパターンです。原告の友人も当事者でありながら、別世界で展開されるやりとりに嫌気がさしたようで、次のステップへ進む気力は残っていませんでした。

友人のその後の治療は私が引き継ぎ、義歯を用いて、よく噛めるようになり、顔貌も元に戻りました。結果的に言えばそもそもインプラントは何だったのか?という事になります・・・

私の本音(その1)

最後にまとめ的な感じで全く個人的な感想をいわゆる本音というか「ぶっちゃけ的に」書きたいと思います。これまで途中で、多少感想的なものも書いて来ましたが、今から書くのは私が感じた本音です。

 まず最初に言いたいのは、この被告の性質というか人物がかなり変わっているということです。自分を含め、人は皆、多少は変わっていますが、被告の場合はその多少という範囲を明らかに逸脱しているでしょう。実際のところ少しショックを受けた位です。

 この件で、私が原告(友人)から相談を受けたとき、まず思ったのは、このケースでは大きく(原告が満足するような、今まで支払った治療費の大部分の返還などのような)お金を取るのはかなり難しいだろうということです。まずこれを原告に言いました。なぜならば、色々あったにせよ現にインプラントは問題なく生着し、上部構造を補綴出来る状態になっているからです。つまりインプラント治療による結果としての明らかな損害が認められない状態と言えます。結果的な明らかな損害がない場合に賠償を取るのは非常に難しいのです。私が相手側なら、とにかくそれをメインに主張し、問題のない状態のインプラントが提供されているので、法的に損害を賠償しなくてはならない程の医療上のミスはないと主張します。手術後の後出血などはあったにせよ、それはよくある範疇のことで、カルテにもそう記載してあれば、結果、今、何ともなくインプラント体自体は使える状態でしょ。と言われれば、そこから先を進めるのは容易ではありません。それを思うからこそ原告にそれを伝え、それでもやりたいなら弁護士に依頼しない範囲で解決を計るのが良いと話しました。なぜならば、弁護士に依頼してことを進めても、弁護士費用を上回るお金は取れないだろうと思ったからです。原告はそれでも腹立ちが納まらないので、何とかやることはやると言います。

 原告の彼が何に腹をたてているのか。それは具体的には被告にゴミのように扱われたことです。例えば、被告歯科に通院出来なくなったあとに、彼の兄がインプラント治療を受けた別の歯科に行って、被告による原告(友人)の受けた治療が「デタラメだ!」的なことを言われたので、原告は当然頭に来て被告歯科に行き、「どーしてくれるんだ!俺の受けた治療はデタラメと言われたぞ!金返せ!カルテを渡せ!」という感じになったのでしょうし、この流れでは、こうなるのは、よくある話の範疇ではないでしょうか。

 前医を気軽にこきおろすこの歯科医師も問題ですが、被告も「日を改めてお話をさせて下さい」位の対応は出来なかったのでしょうか。その後被告は個人情報請求書を送りつけ、書いて提出したら、今度は、本人確認の書類が足りない、記載の訂正、批判した歯科医師の連絡先がない、と再度の提出を求め、批判した歯科医師の連絡先以外に応じて再度提出したら、「正常な業務に支障をきたす恐れがあるとかなんとか」で全ての原告の治療に関わるものの開示を拒否して来ました。つまり、しっかりと言われたものを言われたように手続きをした原告をあざ笑うようなことをしてのけたのです。よくある、壁に「右見ろ!」と」書いてあり右を見ると「上を見ろ!」そして「左を見ろ!」「下を見ろ!」と続き、最後に「バカ!」と書いてある、というようなことを原告は被告から味わったのです。

 ですから、何とか溜飲を下げたいと思うのも致し方ないでしょう。更に言うなら、被告は、この被告の治療を批判した歯科医師の連絡先を教えることがカルテ開示に必要な条件と最後まで真顔で要求している、この被告の感性というか論理性の欠如というか社会性の欠如は、どう理解すれば良いのでしょうか。全然要求としては成り立たない理由でしょう。私は被告が批判した歯科医師を知りたいのは興味本位のもので、真顔で連絡先をカルテ開示の条件としてるのは、冗談の範疇だと思っていましたし、以降の手続きの中で消えて行く文言だとばかり思っていました。(そしてもし、それを知ったとしたらどうしたんですかね。それこそ、その批判した歯科医師のもとに押し掛け、「俺の治療のどこがデタラメなんだ!」と、ヘタをすれば刃傷ざたにでもなっていたんじゃないでしょうかね。)しかし結局、訴訟になってもカルテ開示の拒否の正当性の根拠として主張し続け、とうとう判決の中であっさりと「カルテの開示にさしたる関係はない」と当たり前ですが、一蹴されています。まだあります、被告は原告が最初の個人情報開示請求書を被告歯科に持参した際に、原告はマスクを付け、血走った目をして、タメ口を聞き、最後は居酒屋に去って行った。という書面を法的場に提出しています。被告は、これを書くことで原告がまともではないということを印象付けたいのでしょうが、法的な場でこんな一方的な妄想のような思い込みは通用するものではなく、もし、本当にやるならば、写真や音声の録音など、ある程度証拠となるものがあっての話しになるでしょう。紛争の場にはこれと似たようなことは多々起きることもありますが、実際には、そんな用意周到な証拠があるケースはほとんどないので、気持ち的には分かるが、それを言っても仕方がないと諦め、他にもっと説得力のある材料を探す努力をするもので、いわゆる、言った言わないの範囲のものは持ち込まない、というのが法的な場のルールですし、もし、持ち込んでも相手にされません。。また、患者がタメ口を聞いたからと言って何が問題なのでしょう。一体、被告は何様になったつもりなのでしょう。(たかが、歯医者でしょ)案の定、これらの事柄については判決書面の中では全く触れられていませんでしたし、原告からの反論の中でも具体的に、花粉症なのでマスクが欠かせないものであったこと、原告は車での運送業務を社会人になってからこの方ずっと生業にして来たので、飲んで運転して来る訳がないことを示され、全く根拠のない誹謗中傷であり、逆に、臆面もなくこんな思い込みを、さも事実のように法の場に持ち込む被告の姿勢は如何なものか。とされてしまい、少なくとも裁判所の被告に対する印象は良いものにはならなかったでしょう。更に、私は、被告についている弁護士達も、こんなことをよく言われるままに出してくるなぁとも思っていました。これは、弁護士達は被告に言ったけれども全く理解されず、被告が固執し、言い張って、弁護士達もあきらめてしまったか、弁護士達のやっつけ仕事だったかのどちらかのような気がします。

☆次回に続く

『画期的な判決』(1) | 実録!インプラント治療をめぐる医療裁判(その6)

我々原告側の予想を超えた判決がなされました。
 
インプラント治療をめぐる医療裁判は、その後やり取りは数度続き、その間に和解の検討もされました。その際の条件が被告が原告に和解金として雀の涙的な金額を示し、それを支払うかわりに、今後、被告歯科での原告の治療に関する一切の異議、紛争を起こさないこと及びこの事案を公開しないというものでした。原告の今回の賠償請求金額は130万円余りでした。しかしこの金額は裁判ではよくある多めの請求の性格はありましたし、このような訴訟内容(メインがカルテ開示請求であることで、しかも裁判途中で開示がなされている)ですから、当初から弁護士を含め我々原告側では、判決まで行ったら、すでにカルテは開示されているのだから裁判所的にはもう良いだろ的になり、まあ、金銭的には一銭も認められないだろうと予想していました。 
 
 被告側の弁護士達もそんな感じでタカをくくっていたというのが本当のところでしょう。なにせ途中から向こうの弁護士たちは職業的にはやっているが、力は注がれておらず、いい加減というか、流している感じでいました。つまり慰謝料が付くような判決にはなりようがないと舐めていたということでしょう。だからこそ、お金を少しくれてやるからもう黙れ的な和解条件が出てきたのでしょう。

 しかし、こちらも簡単に勝てるものとはハナから思っていないし、まずはカルテを押さえて徹底して分析すれば何か出てくるだろう。そして今度はそれを元に治療内容の不備や注意義務違反を根拠に別立ての損害賠償訴訟を起こし、そちちで賠償金を請求しようという流れを意識していました。
 
 ですので、本訴訟ではもう一円ももらえなくてもいいから判決まで行こうとなり、ついに裁判所の判断を受けました。

裁判所による判決。

平成2×年(ワ)第××××号 個人情報開示等請求事件

判決。

主文。
1、被告は、原告に対し、22万円及びこれに対する平成2×年O月O日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
2、原告のその余の請求を棄却する。
3、訴訟費用は、これを13分し、その2を被告の負担とし、その余は原告の負担とする。
4、この判決は第1項に限り、仮に執行することができる。ただし、被告が原告に対し、16万円の担保を供するときは、その仮執行を免れることができる。

というものでした。その結果を聞いた時、全くそのような結果を予想していませんでしたので本当に驚きました。我々が予想していたのは、よくて数万円の慰謝料で、弁護士費用などはとてもじゃないけど認められないだろう。悪ければ、カルテは開示されているのだから金員的には全くのゼロだろうと思っていましたし、専門的な予想としてはこれが今までの常識的なラインでした。

それを表すエピソードとして、通常、判決の出る当日は、弁護士を含め当事者としては特別の日であり一刻も早く結果を知りたいと思うものですが、我々の担当弁護士はほとんどその結果に対して期待をしていませんでしたので、忙しいとはいえ、その判決の書面を取りに行くのを後回しにしていた程でした。しかし、結果は被告の主張をことごとく退け、原告の大勝利と言って良い上記のようなものでした。
 
この22万円の内訳は、20万円がカルテ開示を本訴訟まで不当に引き延ばしたことより被告歯科医師が原告に与えた精神的苦痛に対する慰謝料で、2万円が原告の弁護士費用の内の被告の負担分です。

 通常、裁判に於いて金員的に認められやすいのは、事実としての損害に対するもの、例えば交通事故による怪我の治療費とか物を壊した時の弁済費用などで、離婚裁判以外で慰謝料が日本の裁判で認められるのはかなり難しいでしょう。なぜならば、訴訟過程においてその精神的苦痛を慰謝しなければならない程の、被告の不法行為が立証されなければならないからです。この意味に於いて本件は、カルテを速やかに開示しなかった過程の中に、慰謝料をもって原告の精神的苦痛を慰謝しなければならない程の被告の不法行為を明確に認めたということです。

では、判決書面の中から被告、原告双方に不利益を生じない範囲で、その一部を知ることにより医療の提供側としてもそれを受ける患者側としても単純に利益があると判断される一部を抜粋します。

裁判所の判断
(これは、裁判所が原告、被告双方の主張のやり取りの全てを精査し、その中で事実として認定した事柄及び請求事案にに対しての判断とその根拠が書かれている部分の概要です。)

1、原告は被告歯科において、インプラント体の埋入及びインプラント二次手術を受けた後、手術部位から出血し、縫合処置をうけることを余儀なくされるなどしたため、被告に対する信頼を失い、被告歯科への通院を中止し、被告に対し、口頭で、診療過程の説明及びカルテの開示を請求するに至ったものと認められる。以上のような経緯に照らせば、原告には被告の診療行為の適否や、他の歯科医院に転院することの要否について検討するため、被告から診療経過の説明及びカルテの開示を受けることを必要とする相当な理由があったものと認められる。
 したがって、被告は上記のような状況の下では、診療契約に伴う付随義務あるいは診療を実施する医師として負担する信義則上の義務として、特段の支障がない限り、診療経過の説明及びカルテの開示をすべき義務を負っていたというべきである。しかるに、被告は、本件訴訟が提起されるまで、このような義務を何ら果たさなかったのであるから、このような義務違反について債務不履行責任ないし不法行為責任を負うものと解するのが相当である。

2、診療経過の説明を拒否した点について、被告は、原告や林歯科医師との面会を拒絶したのは、原告が口頭でカルテ開示を請求した日の原告の言動等により、原告に不信感が芽生えたこと、同日の原告の言動が威圧的であったことを原告本人が自覚していないこと、同日の原告の言動を警察に相談したところ、警察から相手にしないようにとの指導を受け、原告が来院したときには直ぐに連絡するよう助言を受けていたことなどから、原告との直接の話合いは不可能と判断したためであり、同日の原告の言動の不審さ等からすれば、上記判断は正当であり、原告や林歯科医師との面会を拒んだことには正当な理由があるなどと主張する。そして、被告ら作成の陳述書には、上記主張に沿う記載がある。

 しかしながら、原告作成の陳述書には、被告歯科において威圧的な言動をしたことはない旨の反対趣旨の記載があり、被告ら作成の陳述書の当該記載は直ちに採用できず、他に原告が威圧的な言動をしたと認めるに足りる証拠はない。仮に、同日の原告の言動が被告の主張どおりであったとしても、被告は、時間的間隔を空けてから説明を行うとか、書面で説明を行うなどの他の方法を何ら模索していないし、原告が書簡により面談による説明を希望したにもかかわらず、これも拒否するなど一切説明を行っていないのであるから、上記義務の違反があったとの結論は左右されない。

 また、被告は、原告が新たな担当歯科医師を教えてくれれば、直接被告がその歯科医師に対し、これまでの診療経過の説明をする旨を告げており説明義務の履行の提供を行ったなどとも主張するが、原告や林歯科医師に対して直接診療経過を説明することに特段の支障がなかったことは上記のとおりであるから、新たな担当歯科医師を教えてくれれば、その歯科医師に対して診療経過をすると申し出ただけでは、診療経過を説明する義務について適切な履行の提供を行ったことにはならないというべきである。

3、カルテの開示を拒絶した点について、被告は原告が口頭でカルテ開示請求をした日に、原告が威圧的な言動をしており、カルテを開示した場合には、被告歯科の正常な業務に支障が出るおそれがあったこと、原告が相談したとする歯科医師の助言内容は、被告の治療方法を批判するものであったため、当該歯科医師と直接連絡を取り、批判の真意等を確かめる必要があったこと、原告が提出した個人情報開示請求書の記載内容に不備があったことなど、開示を不適当とする相当な事由があったと主張する。

 しかし、原告が被告歯科において威圧的な言動をしたと直ちに認められないのは前期のとおりであるし、仮に、同日の原告の言動が被告の主張するとおりであったとしても、そのことが直ちにカルテ開示を拒む正当な理由となり得るとは考え難いというべきである。

 また、原告が相談したとする歯科医師と直接連絡を取り、批判の真意等を確かめる必要の有無といった事情は、カルテの開示の適否とはさしたる関係がないというべきである。

 そして、そもそも、被告は、診療契約に伴う付随義務あるいは診療を実施する医師として負担する信義則上の義務として、個人情報開示請求書の提出の有無にかかわらず、速やかにカルテの開示をすべき義務を負っていたというべきであるし、原告が提出した個人情報開示請求書の記載内容の不備は軽微なものにすぎず、いずれにしても、上記請求書の記載内容の不備は、カルテ開示を不適当とする相当な事由には当たらないというべきである。

 その他本件の事実経過を精査しても、被告が原告からのカルテ開示請求を拒否したことに、「診療情報の提供、診療記録等の開示を不適当とする相当な事由」は見当たらない。

4、原告の損害について、原告は、被告に対し口頭でカルテ開示を求めて以降、被告の指示に従って、個人情報開示請求書を作成、提出したり、その修正に応ずるなどしたほか、再三被告に対して文書を送付し、他の歯科医師に相談に行き、当該歯科医師から被告に対して働きかけをしてもらい、最終的には弁護士に委任してカルテ開示を求めたものの、被告が応じなかったことから本件訴訟を提起するに至ったものである。また、原告は被告に対し、インプラント治療で出血した部位の治療に関する説明を求めたにもかかわらず、その説明を受けることができなかったものである。他方、被告は、本件訴訟において、カルテを開示したこと、また、カルテが開示されたこと、及び当審における審理の過程により、出血部位の治療に関する事実関係を含め、被告の原告に対する治療の経過等が相当程度明らかになったことなどの事情が認められる。その他本件訴訟に現れた一切の事情を考慮すると、被告の不法行為により原告が被った精神的苦痛に対する慰謝料としては、20万円が相当である。
 また、本件事案の性質、内容、訴訟の経過、認容額などに照らせば、本件と相当因果関係のある弁護士費用としては、2万円を認めるのが相当である。

というものでした。結局は個人情報開示請求書などで申し込まなくても、特段の事由がなければカルテの開示は速やかに為されなければならないということだし、なかなか特段の事由となり得る事柄は少ないということです。つまり、医療者側とすれば、いつ請求されても問題のないカルテを記載しておくこと、すなわち治療過程が体系的に記され、その根拠などが示されているきちんとしたカルテを作ることです。これについては、POSによる歯科診療録の書き方。 日野原 重明監修 医師薬出版。の一読をお勧めします。

☆次回に続く

実録!インプラント治療をめぐる医療裁判(その5)

2、当該医師のカルテ記載について

Ⅲ.により、カルテとは、診療行為が為された時に、遅滞無く施術した順序でその内容が記載されなければならないものであり、その内容は、「何を、どのように評価し、どのような処置をし、どのような経過で、どのようになったのか、そしてその結果に基づき今後どのような方針で臨むべきか。」を記録するものである。これによりその治療行為に至った根拠と、思考や治療自体の変遷が記録され、その積み重ねにより、以後、その患者さんにより精度の高い診療を提供する為の礎となるものである。これを疎かにすれば、不必要な治療を行ったり、効果のない治療を続けたりするような、患者さんに不利益を与えるような可能性を高くするものである。

 カルテをきちんと記載する事は、患者さんに正しい医療行為を提供するという医師として最も守るべき原則を遂行する上で、欠く事の出来ない最も基本的な行為である。
 
 そこで本件のカルテ分析には、全員が臨床経験15年以上の、インプラント医を含む複数の歯科医師が当たった。

 その上で一致した見解は、被告記載のカルテは記載内容や記載方法に一貫性がなく、記載されるべき内容に著しく欠け、カルテが有するべき性質から大きく逸脱したものであり、カルテ(診療録)の呈をなしていないということである。

 被告のカルテには全般に渡り、系統だった所見の記載がなく、「何を、どのような根拠で、どのように処置して、どうだったから、どうした。」という内容が掴めないものである。具体的には、インプラント手術時には血圧のモニターを行ったとの主張がなされているが、その記録のカルテへの添付や記載は一切存在しない。これは記載すべき事項を記載しないという杜撰さか、モニターを行っていないことを表すものである。また、投薬した薬剤の名称、用量、用法が書いてあったり、なかったりし、その投薬の目的が術後の感染予防なのか、腫れなどの対症的な投薬なのかなどには記載がない。更に被告カルテには、全般的に必要事項の記載がほとんどない中、突然、図を用いた説明があったりし、そのカルテの図を直接患者さんに見せて説明したのかという問いに対しては、別の紙に書いて説明した旨を主張しているが、そうであるならばその旨をカルテに記載するか、その説明に用いた紙をカルテに添付するかするべきである。それがなされていない以上、その説明がなされたかどうかは、全くわからない。また後の被告準備書面(2)では記載もれやの記載の間違いを複数、被告自ら指摘するに至っている。

 このようなことから被告によるカルテの記載は明らかに不備、不十分であり、このようなカルテでは診療経過を明らかにできず、そもそも診療自体が不十分であったとの非難も免れない。(参考文献1)

4、休診日前日のインプラント手術の施行について。(参考文献2)

通常、歯科処置の中で外科手術(抜歯手術、インプラント手術、歯周外科手術など)は休診日前日に行われるべき処置ではない。言うまでもなく、このような外科処置後には、痛み、後出血、腫れ、炎症の急性化などが起こることがままあり、このような場合に対応出来る体制を持たなければならないからである。もし、休診日前日に外科手術をしなければならない場合は、これに準じる体制を持ち、最低でも施術者自身で対応出来ない時があることを想定し、その際の受診先の情報の提供はなされるべきである。

 しかるに被告の対応は、自身の連絡先を教えるのみであり、しかも寝不足と薬の服用によって2度目以降の電話に対応出来ないというありさまである。こういうことがあるからこそ休診日前日の外科処置は行われるべきではないし、もし、行うとすれば、寝不足をしないことや眠気を催す薬は服用しないか、自身に替わって対応出来る受診先の情報を前もって提供することである。また、被告のこの寝不足と薬の服用が、原告が手術後の後出血で苦しんでいることに対応出来なかった理由をなんら正当化するものではない。

5、2度の手術後の後出血について。

外科処置後に起こり得ることには上記4で述べたように様々なものがあるが、大事な事は、それがなぜ起きたのか、今後そのようなことが起きないようにするにはどうすればよいかを検証、考察することであり、医師として当然なされなければならない事である。

 手術後の後出血の要因となるものには、代表的なものだけでも、患者さんの全身状態(高血圧、出血傾向、抗血液凝固剤の服用、糖尿病など)や創傷部の座滅、歯肉の不十分な骨膜からの剥離、不十分な縫合などが考えられる。

 しかるに被告のカルテには、手術後の後出血を2度も経験しているにも関わらず、それを検証、考察する記載が一切ない。これでは被告の診療に対する姿勢には明らかに問題があると言わざるを得ない。

6、その他。(付記として。)

① 被告準備書面(2)第1-3 口腔内写真について。

この書面の中で、口腔内写真は口腔内の状態を確認するもので、問題がなければ口腔内写真のデータを消去することを口腔内写真が存在しない理由としているが、そもそも、口腔内写真は口腔内の映像的記録にのみ用いられるものであって、写真によって口腔内の状態の確認をするものではない。これは診断の範疇であって、口腔内の状態の確認は医師自身の診察によってなされるものである。

 口腔内写真は、治療前後の比較の記録や自身ではよく見る事のできない患者さんへの説明用として大きな価値を発するものである。
問題のない状態の口腔状況の口腔内写真は消去することが前提ならば、問題があるかないかは、視診などの医師による診察により判断されるものであるから、その時点で口腔内写真を撮らなければ良いのである。

② 被告準備書面(2)第1-4について。

治療に関する資料について、Ⅱで示した診断に必要な検査の項目にある診断用歯列模型(スタディモデル)は、3年間の保管義務がある。にも関わらず一般的に証拠保全の対象とされる資料(当然、スタディモデルはその対象である。)はすでに原告側に渡されているもの以外に存在しない。と間違ったことを断定されているが、その姿勢は如何なものか。

③ 被告準備書面(2)第2-2について。 

予診表で原告の高血圧や糖尿がないことは確認されていると主張するが、予診表とは、問診診査をするときの補助とするものであり、これで患者さんの全身疾患の有無を確認出来るものではない。

 また、問診で重要なのは、患者さんの訴えをうのみにすることなく、無自覚やコントロールの悪い全身疾患を慎重に排除することであり、そのためには一般医科との連携が不可欠である。

④ 被告準備書面(2)第2-4 (1)(2)について。

左下2、3の歯冠形成(生PZ)によりむしろ咬合が維持したなどと主張しているが、これは歯冠形成の意味を全く理解していないものである。歯冠形成とは、歯牙の歯冠を冠を被せる為に必要な分を一回り削除する行為を指すのであって、生PZの表す意味は、有髄歯(神経の生きている歯)の歯冠を冠を被せる為に一回り削除したということである。

 この行為は、その時点で左上下の2、3部しか咬合支持がない状況で歯冠の削除を行っているのである。

しかるに被告準備書面によるこの主張は、準備書面の記載者に十分意味が伝わってなかったのか、字面の歯冠と形成による判断からか、全く間違った根拠の上でなされている。法的な場で、このようななされようは如何なものか。

⑤ 被告準備書面(2)第2-5について。

歯冠形成し、歯型も採っていたが歯が非常に動揺しているためバイト (噛み合わせの位置)が取れず、冠の作製を中止したとあるが、バイトも取れない程の動揺歯をどのように歯冠形成(歯冠を一回り削除すること)し歯型を採ったのであろうか、また、翌日に再確認しなければその動揺は発覚し得なかったのか、明らかに矛盾している。

 ⑥ 被告準備書面(2)第2-7について。
 
 原告の仮歯の繰り返しの破損は、初診からあった原告の歯周病歯の動揺が原因であるとの主張がなされているが、そもそも歯科医師による治療は、そのような時にこそ発揮されるべきものであって、そのような歯を含む口腔内状況に対して処置を施し、何とか咬合の安定を得るのが歯科医の役割である。また、この時使用される、仮歯の材料は、レジンと呼ばれるプラスチック樹脂であり、正常範囲内での咬合力による負荷での耐久性に問題はなく、実際の臨床として、数年に渡り破折することなく使用に耐えることも少なくない。この仮歯での破折が続く場合  に歯科的に考えなければならないのが、この仮歯に過剰な負担がかかるから破折するという認識であり、その原因で一次的に考えられるの は、付与した咬合関係の不調和であり、二次的な因子として、食いしばりなどの悪習癖である。もし、耐久性に問題があり頻繁に破折することを容認するものであれば、当然、歯科臨床の現場で使用され得るものではない。

まとめ。

以上1~6までに述べて来たように、被告の治療内容は歯科医師としては未熟で拙幼であり、診療に対する姿勢は明らかに不誠実である。
 また、これからのインプラント治療を含む歯科医療の向上や更に精度の高い検証のために、このケースは、各学会(日本口腔インプラント学会、顎咬合学会、日本咀嚼学会など)や各スタディーグループなどより多くの歯科医師の方々に広く開示し、賛否を含めより多くの意見を得ることが必要と思われる。

(参考文献1:POSによる歯科診療録の書き方。 日野原 重明監修 医師薬出版。

今回の件に関し、このような意見書をカルテ分析をした歯科医と連名で裁判所に提出しました。

ここまでのもので全てではありませんが、今回の件に関し、被告、原告双方に不利益を生じない範囲の一般的歯科治療の考察を記しました。この意見書の内容を知ることにより、歯科医療の提供側としても、それを受ける患者側としても、利益があると判断した部分です。

参考資料2:「知らないと怖いインプラント治療 」 抜井 規泰 著  朝日新聞出版

☆次回(判決)に続く

実録!インプラント治療をめぐる医療裁判(その4)

(前回までの)経緯の中で、原告側の協力歯科医として、そのカルテ分析に携わったメンバーの連名で意見書を裁判所に提出するわけですから、自然と力が入ります。その意見書の実際を提示したいとは思うのですが、さすがにそれは差し障りがあると思われますので、その抜粋を書き出します。

意  見

基本的事項

Ⅰ:歯科治療の目的。
  歯科治療の目的は、顎・口腔系の機能及び審美の速やかな回復とその維持。である。

Ⅱ:歯科治療の基本的な流れ。

1、診断に必要な検査。(歯科レントゲン。診断用歯列模型。歯周検査。問診(全身及び歯科的既往歴、現症歴。)顎関節状態。顎運動状態。口腔清掃状態。ブラキシズムなど悪習癖の有無。その他。)

2、診断及び診断に基づく治療計画の立案及びそれらの十分な説明と同意。(保険治療と自費治療の区分やそれに関わる費用の説明を含む。)

 最低限この過程の上、実際の治療行為に移行する。具体的には、
①初期治療:疼痛の除去や抜歯適応歯の抜歯、根管治療及び歯周処置が行われる。歯周治療は通常、処置部位を分割して一回目の歯周処置を全顎的に行い、以後は、再評価をもとに、歯周状態の改善度が悪い部位について更なる歯周処置(歯周外科手術など)や口腔衛生指導が施され、再評価のもとに、抜歯を含む予後の判定が行われる。そしてこの初期治療の結果により必要に応じて当初立案した治療計画の修正を行う。

②咬合の構築治療:初期治療で歯牙状態そのものの改善や予後不良のための抜歯処置などが終了した時点で、治療用補綴物(いわゆる仮歯を含む、治療用の歯や義歯。)を用いて全顎的な咬合の安定した構築のための処置を行う。但し、初期治療開始時に全顎的な咬合支持の不足などによる、咬合状態の著しい不具合(咀嚼不良など)があれば、初期治療開始と並行してこの咬合の構築治療は行われる必要がある。

③最終補綴治療:②に於いて、良好な咬合関係の回復、安定が得られた後に、治療用補綴物を最終的な材料に置き換える処置を行う。
 (インプラント処置は最終補綴の為の手段であるので、この段階で行われるものである。)

④メインテナンス(管理):得られた良好な口腔状況の維持及びそれを障害する要因の予防などの為の定期的管理。

と原則的にはこのような治療の流れとなる。

 

Ⅲ:カルテ記載について。

カルテとは診療記録のことであり、診療行為を為した際に、遅滞無く施術した順序で記載されるものである。(参考文献1)
診療記録には基本的に何が書かれるものなのか。
;患者の個人的、社会的情報。(過去、現在とも)
;患者の健康状態(病的な状態も含む)とその変遷の経過。(過去、現在とも)
;診療(看護を含む)の計画。(到達目標を明記したうえで)
;診療(指導、教育、説明内容を含む)の内容、結果、経過の経時的記録。
;担当者の判断、判断の根拠、思考過程。
;診療従事者の責任の所在。(署名)
;診療評価。
;要約(サマリー)
;事務的、法的記録。

また、診療に際しての経過記録の基本的記載の仕方は。
S:Subjective(自覚的症状)
O:Objective(他覚的所見)
A:Assessment(感想、判断)
P:Plan(方針)
の4つの項目である。

例えば、ある歯周病の歯について記載するとすれば
「右上第二小臼歯、自発痛(S:自覚的症状)はないが、腫脹と排膿があり(O:他覚的所見)、前回の処置による改善が見られないので抜歯の適応であると思われる(A:感想、判断)。抜歯の承諾を得るための説明が必要である。(P:方針)」
と最低限このような記載となる。

Ⅳ:保険治療と自費治療の区分について。

 使用材料や施術の時期、回数、方法などの制限はあるものの、基本的に全ての歯科疾患に対して保険治療は網羅されており、病態とみなされないもの(成人の歯列矯正、ホワイトニングなど)や制限外の材料や手技(インプラントを用いる補綴処置、セラミックの被せ物など)を用いる場合以外は、保険治療の対象である。

質問事項に対して

上記Ⅰ~Ⅳの基本的事項に則り、以下、本件について意見を述べる。

1、 当該医師による治療について。

前記、Ⅰ、Ⅱより、歯科治療は歯科的特徴を踏まえた上でその治療法は構築されている。つまり、歯科治療は、系統的な診査を行い、その診断結果の患者への十分な説明のもとによる理解と自覚のもとに、顎・口腔系に対する機能及び審美面での回復を可及的速やかに計り、以後、維持の為の管理に移行することである。
  その治療自体の流れは高度に確立されたものであり、単一方向への流れで成り立っている。具体的には、診査、診断、治療計画の立案、処置、処置への再評価、治療計画の修正、顎・口腔機能の正常範囲での確立、最終処置、管理である。  
従って、歯科治療に於いて、術者による特別の治療の流れが存在する余地はなく、施術者の特徴が現れるのは、その用いる手段や方法、薬剤の種類や外科手術の熟練度や技術の高さ、全身管理(運動や食事の指導など)などであって、歯科治療の基本的な流れは施術者によって変るものではない。
 
 当然、本件の場合もこの範疇から外れるものではなく、まず為されるべきことは、初期治療から最終補綴処置までの治療計画の説明と同意の上、医学的に適切な歯科的手技、手法を用いて、顎・口腔系の器質的状況(歯周組織の回復、歯牙状態の回復、咬合関係の回復、顎関節の機能の回復など)及び顎・口腔系の機能的状況(咀嚼機能の十分な回復、顎運動の偏りの是正、悪習癖の除去など)の整備を可及的速やかに求め、顎・口腔系の正常範囲内の機能を得ることである。そしてしかる後に、この正常範囲内の機能の維持を計る為の最終補綴処置の手段としてインプラント処置を施すべきであった。
 
 また、当然ながら、治療途中の仮歯や仮義歯のような状態といえども咬合関係の不安定や疼痛・動揺などの存在などによる顎・口腔系の不調和を長く留めてはならない。
 しかしながら、被告の治療過程には初期治療から最終補綴までの治療計画の立案及びその提示がなく、あるのはインプラントの埋入に関してのみの治療計画である。当然これが〇〇氏(原告)の歯科治療計画に当たるものではなく、ただインプラントを埋入することに対する説明にしか過ぎない。
 
 つまり、被告の治療は、必要十分な検査及び検査結果に基づく診断と治療計画の立案がなく、歯科医師として患者さんに対して第一義的に行われるべき、顎・口腔機能の速やかな回復という観点が欠落しており、ただ漫然とインプラントを埋入するという方向に向けて進んでいたものである。
 従って、被告の歯科医師としての技量や診療姿勢を評価するとすれば、歯科医師としてあまりに未熟で拙幼であると言わざるを得ない。

☆次回に続く